大橋院長の為になるブログ

2022.08.22更新

あれは夏の暑い日。私は地方の2次救急指定病院で、循環器内科の後期研修を受けていた。循環器内科医として2-3年程度の経験を積み、基本的な治療に関して自信を持ち始めた時期だった。

 その日、60代男性が胸痛のため救急車で運ばれてきた。全身冷や汗でびっしょり濡れ、苦悶の表情を浮かべている。すぐに心電図を記録したところ、前壁誘導でSTが今までに見たこともないような高さで上昇していた。心臓超音波検査でも前壁の壁運動低下を認め、前壁梗塞に矛盾しなかった。

 すぐにPCI目的で緊急カテーテル検査の手配を進める。診断は明らかだと思ったので、患者には簡単にいくつか質問しただけだった。患者は「胸がすごく痛いけれど、腰も同じくらい痛い……」と言ったが、その時は意識が心筋梗塞に集中しており、腰痛の訴えはあまり関係がないと思ってしまった。

 その後、緊急カテーテルを開始したが、どうしてもカテーテルが左冠動脈に入らない。血管に蛇行もなく、特に難しい要素はない。通常であれば遅くとも2分で左冠動脈を撮影できるが、4-5分経過しても入らなかった。

 そのとき、後ろで見ていた部長が「ひょっとして……」と、大動脈造影の指示を出した。よくわからないまま大動脈造影をしてみると、なんとA型の大動脈解離だった。左冠動脈にカテーテルが入らなかったのは、おそらくカテーテルが解離腔に入っていたためと考えられた。診断がついてから急いで心臓外科へのコンサルトをしたが、やがて患者は心肺停止に陥り、救命処置の甲斐なく翌日に亡くなった。

こうすればよかった
 本症例では、壮年男性の胸痛と冷や汗からすぐに心電図が記録され、典型的なST上昇の前壁心筋梗塞から鑑別を考えずに、緊急カテーテル準備へと意識が向いてしまった。振り返って反省したのは、患者が訴えた「胸が痛いが、腰も同じくらい痛い」という言葉だ。これは解離が下行大動脈まで及んでいたためと思われるが、その訴えから大動脈解離を鑑別に挙げるべきであった。そうすれば、縦隔の拡大や大動脈弁逆流、血圧の左右差の確認、痛みの性質について詳細に尋ね、正しい診断へと導けた可能性があったと思う。

本症例から学べたこと
 大動脈解離は一般的には大彎側に沿って起きるため、右冠動脈を巻き込み、下壁梗塞を合併するとよく教科書に記載されている。しかし稀に、左冠動脈を巻き込み、前壁梗塞をきたすことも知識として知っておくことが必要である。大動脈解離と心筋梗塞は鑑別が難しい場合も存在するが、治療方針が全く異なるため、正しい診断が重要である。心筋梗塞のほうが頻度として遭遇する機会は多いと思われるが、大動脈弁逆流や心嚢水、背部痛や腰痛、血圧の左右差、縦隔の拡大の有無などを、下壁梗塞だけに限らず、前壁、側壁、後壁のすべてのST上昇心筋梗塞症例で確認することが肝要であると学んだ症例だった

投稿者: 大橋医院

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