<医学の勉強は楽しい>
今この世は、なぜか悪魔に取りつかれたように、悪循環を繰り返している。気候も、本来なら太平洋の大きな高気圧が日本を包み、暑い暑いと汗をかかねばならぬが、高気圧が北海道の北と沖縄方面にあり、寒冷前線が本州を降下して、気圧が不安定で、雲でどんよりして、所により集中豪雨、大気圧の不安定を招き、我々を不愉快にしている。そして世界の政治情勢は、ロシアのウクライナ侵略に始まり、中国の国都拡大政策、スリランカの破産、中国の乗っ取り、南シナ海、米国の国政不安定化いやなことばかりである。
しかし、医学の進歩は日進月歩であり、特に私の専門である循環器を勉強していると嫌なことは忘れる。
Ⅰ.心不全のステージ分類 心不全の分類方法として従来から広く用いられ てきた New York Heart Association(NYHA)心 機能分類に加えて,最近は心不全ステージ分類が 用いられる。NYHA 心機能分類は運動耐容能に 基づく分類で,同一患者であっても治療等により 可逆的に変化する。だがステージ分類は,心不全 が悪化する時間軸の中での現在位置を示す。適切 な治療介入を行うことを目的に作成されていて, 一方向性である(図1)。ステージ A とステージ B はリスクステージで,ステージ A は危険因子 をコントロールする段階,ステージ B は左室肥 大や心筋梗塞患者の心不全発症を予防する段階と言える。ステージCとステージDは心不全ステー ジで, ステージ C は心不全急性増悪時の血行動態 安定化と急性増悪をくり返さないようにする段階, ステージ D は末期治療抵抗性心不全の段階で, 心臓移植や補助循環器などの高度先進医療を受け る症例と終末期医療を受ける症例とに大きく分か れる。 Ⅱ.HFrEF に対する治療薬 従来は,左室駆出率が保たれている心不全(heart failure with reduced ejection fraction:HFrEF)には, ステージ A あるいは B の段階から ACE 阻害薬ま たはアンジオテンシンII受容体拮抗薬(angiotensin II receptor blocker:ARB)とβ遮断薬を忍容性が ある限り最大用量を投与して,心不全徴候が出現 するステージ C の段階に入ったらミネラルコル チコイド拮抗薬(mineralocorticoid receptor antagonist:MRA)を追加投与することが基本戦 略としてガイドラインで推奨されてきた。ループ利尿薬の長期投与は生命予後悪化につながることが後ろ 向き解析により複数報告されている 3, 4)。その原 因としてループ利尿薬を長期投与することで交感 神経やレニン・アンジオテンシン・アルドステロン 系を刺激して心筋障害が進行する可能性,低カリ ウム血症を惹起して致死性不整脈を誘発する可能 性,腎機能障害を引き起こすことで予後に影響す る可能性などが指摘されている。一方,バソプレ シン V2 - 受容体拮抗薬は上記のループ利尿薬で懸 念される点は有さず,強力な利尿作用を有するこ とから入院早期より使用され,退院後も継続され る症例が増えている。しかし,長期予後改善につ いては未解明な点が多い。うっ血解除のためには ループ利尿薬を基本としながらも高用量とならな いように,バソプレシン V2 - 受容体拮抗薬やサイ アザイド系利尿薬を組み合わせていくことが必要 である。 ACE 阻害薬または ARB,β遮断薬,MRA の 投与下で心不全症状を認める場合は,投与してい る ACE 阻害薬または ARB をアンジオテンシ ン受容体ネプリライシン阻害薬angiotensinreceptor-neprilysin inhibitor:ARNI)へ変更する ことが最新のガイドラインではクラス I で推奨さ れている 1)。現在臨床で投与可能な ARNI はサク ビトリルバルサルタンのみであり,1 分子中にナ トリウム利尿ペプチドの分解酵素であるネプリラ イシンを阻害するサクビトリルと ARB のバルサ ルタンを 1:1 で含有した化合物である。HFrEF の患者を対象とした大規模臨床試験ではβ遮断薬 や MRA,ループ利尿薬に ACE 阻害薬のエナラ プリルを投与した群と比較して,エナラプリルの 代わりにサクビトリルバルサルタンを投与した群 が生命予後改善効果に優れていることが明らかと なった 5)。ただ,ACE 阻害薬や ARB と比較する と低血圧に注意が必要で,少量から状態に応じて 増量する。 SGLT2(sodium glucose cotransporter 2)阻害薬 の糖尿病患者に対する大規模臨床試験において, 心血管疾患の既往がある糖尿病患者の心不全増悪または心血管死を抑制することが報告され,エン パグリフロジンとカナグリフロジンはガイドライ ンで心血管既往のある 2 型糖尿病に対する心不全 予防目的の使用が推奨されている。したがって, 糖尿病を有する心不全ステージ A の患者に対して エンパグリフロジンとカナグリフロジンを投与る ことが推奨される。また,最近,糖尿病の有無に 関係なくダパグロフロジンとエンパグリフロジン が心不全ステージ C の HFrEF 患者の予後を改善 することを証明した大規模臨床試験 6, 7)が報告され た。この結果を受けて,本邦の最新のガイドライ ン 1)では,ステージ C の HFrEF に対してダパグ ロフロジンとエンパグリフロジンの投与がクラス I で推奨されている。今後の臨床試験の結果を待 つ必要があるが,心不全に対する効果は SGLT2 阻害薬全般のクラス効果である可能性が高いと思 われる。 イバブラジンは洞房結節の If チャンネルを特異的に遮断する薬剤で,β遮断薬に見られるよう な陰性変力作用を有さず心拍数のみを減少させる ことができる。心拍数 70/ 分以上でステージ C の HFrEF タイプの心不全を対象とした大規模臨 床試験ではプラセボ群と比較して有意に心血管死 亡および心不全増悪による入院のリスクを抑制し た 8)。この結果を受けて本邦では,心拍数 75/ 分 以上のステージ C の HFrEF タイプの心不全を対 象に臨床試験が行われ,心血管死および心不全増 悪による入院の発生がイバブラジン群で抑制され た。この結果を受けて,本邦の最新のガイドライ ン 1)では,ステージ C の HFrEF で洞調律かつ安 静時心拍数 75/ 分以上の場合にクラスⅡa で推奨 されている。 ベルイシグアトは可溶性グアニル酸シクラーゼ (soluble guanylyl cyclase:sGC)を直接刺激して cGMP の産生を促進する。環状グアノシン一リン 酸(cyclic guanosine monophosphate:cGMP)はプ ロテインキナーゼ G(protein kinase G:PKG)を 活性化して血管拡張作用や抗炎症作用等,臓器保 護的に作用する。生理的状態では NO が sGC を 刺激するが,ベルイシグアトは NO 非依存性に sGC を刺激することで効果を発揮する。大規模臨 床試験では,ステージ C の HFrEF タイプの心不 全を対象にプラセボ群と比較してベルイシグアト が心血管死または心不全による入院を有意に抑制 した 9)。本邦でも保険承認されたばかりであり,ガイドラインには載っていないが,大規模臨床試 験の結果からはステージ C の HFrEF タイプの心 不全の治療薬として基本治療薬への上乗せ効果が 期待できる。 現在,生命予後改善を改善する初めての強心薬 として心筋ミオシン活性化薬のオメカメチブメカ ルビルの臨床試験が行われていて,その結果が待 たれている。 以上をまとめると,図2に示すように心不全を 発症する前のリスクステージの段階であるステー ジ A または B では,心不全を予防するために ACE 阻害薬または ARB とβ遮断薬,糖尿病の 治療薬として SGLT2 阻害薬を投与し,ステージ C 以降では,ARNI とβ遮断薬,MRA,SGLT2阻害薬の 4 剤を基本薬として投与し,症状の改善 が見られない時はベルイシグアトを,洞調律で心 拍数 75 拍 / 分以上であればイバブラジンを追加 しながら,症状に応じて利尿薬を投与することが 基本戦略となる。 Ⅲ.HFpEF に対する治療薬 EF が保たれている心不全(heart failure with preserved ejection fraction:HFpEF)に 対 し て, 大規模臨床試験で予後改善を示した薬物は従来一 つもなく,したがってガイドラインでもステージ C の HFpEF に対しては,うっ血を解除するため の利尿薬使用と高血圧等の合併症に対する治療が 推奨されているのみである。しかし,最近, SGLT2 阻害薬のエンパグリフロジンが初めて HFpEF タイプの心不全の予後を改善したとのプ レスリリースがあった。詳細は2021年のヨーロッ パ心臓病学会で発表予定とのことで,その発表が 待たれる。
2022.07.15更新
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