大橋院長の為になるブログ

2021.01.21更新

近道はない:子供の便秘治療;

1 便秘治療のゴール1:便塞栓除去(disimpaction)
 便塞栓がある場合には、まずはこれを除去することが第一目標となる(S:Specific)。

 初診時、もしくは治療開始後1週間以内に達成される必要がある(T:Time-bound)。

 摘便は、浣腸以上に恐怖心を与えるため、適切ではない(R:Relevant)。

 便塞栓除去ができたことは、排便時のいきみがなくなる、便漏れがなくなる、腹部に硬い便塊を触知しなくなるなどで確認する(M:Measurable)。

 また、グリセリン浣腸で便塞栓除去を行う場合には、排便した便性・便量・大きさを確認することでも推測できる。外来でのグリセリン浣腸だけで難しい場合には、自宅でも浣腸を繰り返し実施してもらうことになる(A:Attainable)。

2 便秘治療のゴール2:苦痛なく排便できる
 慢性便秘症では、過去に排便時に痛い、つらい思いをした経験がある子が多い。そのような子供達は、「うんち=苦痛、恐怖」と脳にプログラムされており、これが排便忌避、排便我慢の原因になる。苦痛がない排便ができていると、「うんち=気持ちいい、すっきり」と脳の情報が書き換えられる。

 したがって、規則正しい排便のための第1歩は、苦痛なく排便できる状態を作ってあげることである(S)。

 「いきんでもうんちが出ない」ということがなく、トイレットレーニング前の子であれば、知らない間におむつにうんちが出ている(M)。トイレットトレーニング後の子であれば、便意を感じたらスルっとうんちが出る(M)。お尻が切れて血が出るということがない(M)。お尻を痛がることがない(M)。

 このゴールを達成できる大前提として、便塞栓が除去されている必要がある(A)。

 また、確実に服薬できる薬剤・投与方法を用いる必要がある(A)。

 「嫌がって飲んでくれません」と養育者が訴えているようであれば、まずは投薬方法や処方内容を検討する必要がある(R)。そもそも、服薬できていないことを外来で伝えない養育者もいるので、しっかりと服薬状況を問診する必要がある。

 心理学的には、脳に書き込まれるプログラムは、インパクトの強さと回数によって決定される。例えば、小さい頃に犬に噛まれた人が犬恐怖症になり、成長して大人になっても犬を怖がることがある。人によく慣れた小型犬ですら恐怖を感じ、犬を見ただけで汗が出てきて、心拍数は上がり、逃げ出したくなる。頭では自分に噛み付いた犬とは別の犬で、小さな犬だから仮に噛まれたとしえも大したことはないとわかっていても、体が自然に反応してしまう。これは犬に噛まれたというインパクトがあまりにも強烈なために、1回の経験で犬恐怖症を完成させているのである。

 慢性便秘症の子供達は、過去に大きな硬い便を排泄して、痛くてつらい思いをした経験がある子が少なくない。1回の強烈な経験で排便恐怖から便秘になる子もいれば、繰り返しの経験で排便恐怖から便秘症へと進む子もいる。では、どうすればよいか? 強烈なインパクトで排便の快感を与えることは難しいので、「気持ちいい、すっきり」体験を、可能な限り速やかに、できるだけ多く繰り返すことである(T)。繰り返すことで脳のプログラムが「うんち=苦痛、恐怖」から、「うんち=気持ちいい、すっきり」に書き換えられる。

3 便秘治療のゴール3:溜め込まない排便習慣の獲得
 前述したように、ゴールは肯定文で述べる必要がある。ゴール3を肯定文に言い換えると、第二、第三の原則「直腸がふだんは空っぽ、直腸にうんちが降りてきたら排便してまた空っぽにする」が継続的に達成できている状態である(S)。「溜め込まない排便習慣」という否定形だと、「おなかが痛くて苦しくても、うんちが漏れちゃっても、うんちを溜め込まなければそれで良し」となってしまう。ゴール3の本当の目的は、直腸のセンサーを回復させることである。

 「直腸がふだんは空っぽ、直腸にうんちが降りてきたら排便してまた空っぽにする」排便習慣、これが数年間持続できることで真の目的の「溜め込まない排便習慣の獲得」が達成できる。これがなかなか難しい。問診からは順調にいっているようでも、エコーで確認すると直腸に糞便を溜め込んでいるということはよくある。

 ゴール3の達成の問診上の目安としては、以下の5つがある。

① うんちがパンツに付着することがない
② うんちを我慢していない、便意を催したら(おなかが痛くなったら)すぐにトイレに行っている
③ 硬い便(Bristol便スケール1~3)を出すことがない
④ 大きな、もしくは太いうんちが出ることがない
⑤ 毎日、まとまった排便がある
 上記5項目がすべてできている(M)。

 朝が、生理的にはいちばん排便しやすい時間ではあるが、ライフスタイルに合わせて、1 日1回うんちを出し切れていればよい(A、R)。決まった時間に排便があったほうがよいが、とにかく、本人が出したいときに出しやすい環境を整えてあげることのほうが重要である(A)。

 「直腸がふだんは空っぽ、直腸にうんちが降りてきたら排便してまた空っぽにする」排便習慣は、可能な限り速やかに身につけたほうがよい。トイレットトレーニング前もしくはトイレットトレーニング中の子であれば、トイレットトレーニング完了までに「直腸がふだんは空っぽ、直腸にうんちが降りてきたら排便してまた空っぽにする」排便習慣を身につける(T)。トイレットトレーニング完了後の子であれば、遅くとも数年以内には「直腸がふだんは空っぽ、直腸にうんちが降りてきたら排便してまた空っぽにする」排便習慣を身につくようにする(T)。

4 便秘治療のゴール4:服薬中止
 自閉スペクトラム症や注意欠如・多動症(ADHD)、その他に便秘を起こしやすい基礎疾患がある症例などは、ゴール2もしくはゴール3でとどめておいたほうがよい場合もある(書籍後段参照)。このような場合を除けば、ゴール4の服薬中止を目指す。そして、多くの親御さん達は早期の服薬中止を希望している。しかし、ゴール3が達成できないとゴール4の達成は難しい(A)。

 早期の服薬中止を希望しているにもかかわらず、ゴール3を忘れて、自己判断で薬を減薬してしまったり、自己中断してしまったりする。当然、ゴール3が達成できていないので、確実に排便回数は減り、おなかの中にたくさんの糞便を溜め込むようになる。ゴール3 達成も遠のき、ゴール4 は当然、達成できない。

 「『早く薬を止めたい』という気持ちはよ~くわかりますが、急がば回れですよ」という話を外来では繰り返ししている。山の頂上を最終ゴールとするには着実に一歩一歩登ってっていく必要がある。確かにヘリコプターを使って一気に頂上まで登る方法もあるが、それでもヘリコプターを手配して、ヘリポートに行って、ヘリコプターに乗って…という手順が必要である。しかし、少なからぬ親御さん達は「薬=体に悪いもの」というビリーフ(信念・価値観)に縛られ、テレポーテーションか“どこでもドア”を使って頂上に登りたがる。しかし、そんな方法は存在しない。

 「薬を早く止めたい気持ちはわかりますが、中途半端な状態で減らしたり止めたりすると、うんちを溜め込む習慣からいつまでたっても抜け出せなくて、そちらのほうが体に悪いですよ」ということを繰り返し伝え、養育者が「近道はないんだ」ということを理解する必要がある(R)。

 「服薬が中止できる」とは、服薬や浣腸、坐薬を完全に止めた状態で、数カ月から1年間観察し、ゴール3が継続できていることが確認できた状態である(S、M、T)。

 服薬を中止する場合は、いきなり中止するのではなく、ゴール3が維持できているかを確認しながら、投薬量を漸減する。

 服薬中止のタイミングの1つとして勧めているのが、小学校入学後、学校生活に馴れてきた頃である(T)。2~4歳くらいから治療を始めた場合は、小学校1年生の9~10月頃に服薬中止できることを目標とする。ただし、あくまで小学校入学前にゴール3が達成されていることが前提である(A)。

おおはし

投稿者: 大橋医院

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