大橋院長の為になるブログ

2020.05.26更新

日本医師会 COVID-19 有識者会議声明 ;新型コロナウィルス感染パンデミック時における治療薬開発についての緊急提言 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)は人類にとって経験のない疾患であり、この新規病 原体に対する有効な薬剤が模索されている。すでに複数の既存薬や候補化合物が、 COVID-19 に対する有効性を期待して用いられてきた。そのなかで 4 月末、予備的解析が実 施されたプラセボ対照ランダム化二重盲検比較臨床試験(ACTT1 試験)の結果に基づき、レ ムデシビルが、高いエビデンス・レベルで COVID-19 に対する有効性が確認された初めての 薬剤となった。これを受けて米国は 5 月 1 日にレムデシビルの緊急使用を承認した。わが国 でも特別承認制度による承認を取得し、5 月 8 日以後臨床使用が可能となった。今後レムデ シビルは、他の有効性および安全性に優れた薬剤の登場までの間、COVID-19 に対する標 準治療薬と位置づけられ、これを基準に薬剤開発が進められると予想される。 ACTT1 試験は、米国立衛生研究所アレルギー感染症研究所(NIH/NIAID)が主導し、日本 からも登録参加した国際共同臨床試験である。主要評価項目は回復までの時間とされ、参 加 1063 例が 1:1 の割合でレムデシビル群又はプラセボ群に割り付けられた。606 例の回復 例が得られた時点で実施された予備的解析の結果、回復までの時間の中央値はレムデシビ ル群で 11 日、プラセボ群で 15 日とレムデシビル群と有意に短縮された(ハザード比:1.31、 95%信頼区間:1.12〜1.54、p<0.001)1)。周到な研究デザインのもとにレムデシビルの効果を証 明したこの結果は画期的ではあるが、COVID-19 の特効薬に位置づけられるかどうかは、肝 障害などの副作用の問題もあり未知数である。そこで承認後も慎重に適正使用を心がけ、未 知・重篤な副作用が生じた場合は、速やかな報告が必須である。しかし COVID-19 を標的として 創薬された真の特効薬登場までの時間的猶予を得るためには、本剤は有力な薬剤といえる。 レムデシビルは、元来エボラ出血熱を標的として開発された薬剤である。しかし世界のいず れの国においても薬事承認取得には至っておらず、今回の COVID-19 を適応症として初めて 承認を得た新薬である。従って治療薬として使用するためには、今回のように早期に承認を 得る必要があった。一方で、現在治療薬の候補として検討されている薬剤には、すでに他の 疾患を適応として承認を得ているもの(既存薬)もあるが、これらの既存薬は、適応外処方で あるものの、日本の医療保険制度のもとでは一律には禁止されておらず、医師の裁量及び 患者のインフォームドコンセントにより、現時点においても COVID-19 に対する処方は可能で ある。 今回の COVID-19 パンデミックは医療崩壊も危惧される有事であるため、新薬承認を早め るための事務手続き的な特例処置は誰しも理解するところである。しかし有事だからエビデン スが不十分でも良い、ということには断じてならない。日本が主体的に活動している薬事規制 当局国際連携組織(ICMRA)は COVID-19 治療薬開発のためには、「適切に設計され、かつ 適切なコントロール群(即ち抗ウイルス薬または免疫調整剤を含まない群)を含むランダム化
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比較試験(RCTs)」を実施することを求めており 2)、十分な検出力確保のための症例数設計が 重要である。特に COVID-19のように、重症化例の一方で自然軽快もある未知の疾患を対象 とする場合には、症例数の規模がある程度大きな臨床試験が必要となる。さらに、観察研究 だけでは有意義な結果を得ることは難しいことを指摘しておきたい。「観察研究により有望と された事項は、質の高いランダム化比較試験により厳格に確認または否定されなければなら ない」3)と述べられているとおり、適切な臨床試験の実施は必須である。 一般にランダム化比較試験に患者を登録するよりも、観察研究の方が患者の同意も取得し やすい。また試験参加医師の負担も少ない。パンデミック下の臨床研究ではその傾向がさら に顕著である。しかし Lancet の comment で JD Norrie 氏が警告するように、「エビデンスの 判定基準を下げる」という誘惑には抗うべきである。そうしないと当該薬の有効性は承認前に は証明されず、有効かつ安全な治療薬の開発にも悪影響を及ぼすであろう 3)。有効性を永遠 に証明できなかった薬剤は過去にも存在した。科学的に有効性が証明された治療を選ばず に証明されていない薬剤を患者が強く希望したために、治癒するチャンスをみすみす逃した 事例が過去にあったことを忘れるべきではない。そして「科学」を軽視した判断は最終的に国 民の健康にとって害悪となり、汚点として医学史に刻まれることなる。 最近 COVID-19 に感染した有名人がある既存薬を服用して改善したという報道や、一般マ スコミも「有効』ではないかと報道されている既存薬を何故患者が希望しても使えないのか、 と煽動するような風潮がある。またパンデミック下のランダム化比較臨床試験不要論を主張 する医師も存在する。しかし我が国が経験したサリドマイドなど数々の薬害事件を忘れては ならない。品質、有効性、および安全性の検証をないがしろにした結果の不幸な歴史をのりこ えるべく、今日の薬事規制が存在している。ある既存薬のランダム化比較試験は進行中であ り、近く結果の発表が見込まれる。 有効性が科学的に証明されていない既存薬はあくまで候補薬に過ぎないことを改めて強調 し、エビデンスが十分でない候補薬、特に既存薬については拙速に特例的な承認を行うこと なく、十分な科学的エビデンスが得られるまで、臨床試験や適用外使用の枠組みで安全性に 留意した投与を継続すべきと提言する。

References 1) レムデシビル・水性注射液、注射用凍結乾燥製剤(商品名ベクルリー)添付文書 2) COVID-19 治 療 薬 開 発 に 関 す る 世 界 規 制 当 局 ワ ー ク シ ョ ッ プ ; https://www.pmda.go.jp/int-activities/int-harmony/icmra/0006.html 3) John David Norrie. The Lancet(https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31023-0).

 おおはし

投稿者: 大橋医院

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