大橋院長の為になるブログ

2018.09.07更新

大橋医院 大橋信昭
いつの間にやら還暦はあっという間に65歳になった。いつまで生きているのか時間がない、やっと倒れるまでの勉強時間となった。
 昭和54年卒、橋本龍太郎厚生大臣から医師免許をいただいた、
医師会長はこわいこわい武見太郎であった。
とにかく急ごう、大学3年生、医学部1年生に戻って勉強するのだ。

朝倉内科学書を中心に、勉強したこと、知らなかったこと、勉強会でもよい、
諸君は言ううであろう。

昨夜、変な夢を見た。母が「Drastic Syndrome」であると、治療前の勉強会で、私は命がけで主張したのである。ところで授記病名は、何の病気かわからぬ、ともかく難病で、生還復帰したのである。

私はうれしかった。話すことが山ほどある。しかし夢から正気にに帰ると母はいない。昇天塩して5年になる。やはり逢えなかった。最近母の夢をよく見るのだ。相談したいことが山ほどある。しかし,逢えない。

一人で解決せねばならぬ。あー時間がない、さっそく勉強を始める。
心配しなくても、新しく知って驚いたことや、自分の無知に腹が立つことである。
さぞかし、諸君はがっかりするであろう。そんなことも知らなかったのか!
ひょっとして逆もまれにあるかもしれない。
サー勉強のスタートだ。

投稿者: 大橋医院

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