2020.05.15更新

「球形の荒野」

昭和36年のこと、奈良の唐招提寺を訪ねた芦村節子は、その芳名帳に、大戦中に外交官であった亡き叔父・野上顕一郎に相似した筆跡を発見する。名前は違っていたが、懐かしさを覚えた節子は、夫の亮一や野上未亡人・孝子にこの件を話す。彼らは野上顕一郎の死亡は確認されているとして取り合わなかったが、孝子の娘・久美子のボーイフレンドである添田彰一は、野上顕一郎の死亡前後の事情を調べてみようと試みる。しかし、当時の関係者は一様に冷淡な反応を示し、村尾課長は「ウィンストン・チャーチルに訊け」との謎めいた言葉で添田を煙に巻く。
ところが間もなく、当時の公使館関係者の一人が、世田谷で絞殺死体となり発見された。さらに、野上久美子の行く場所で、拳銃狙撃などの怪事件が相次ぐ。久美子も添田も、一連の事件に見えない糸が張りめぐらされているのを感じていた。やがて、終戦間際の公使館に端を発する悲劇が、徐々にその貌を現わしていく。

父は子供の頃から、戦死ししたと聞かされていた。スイスの外交官であった父は、日本の敗戦が明らかであり、降伏するように外交官として全力を尽くした。日本は敗戦したが、極端な思想を持つ人がいっぱいおり、命を狙われる。日本には、おおはし戦死報告を出し、もう日本に帰るつもりはなかった。娘との触れ合い、戦争を続行していれば、必ず日本は勝てたなどと言う、怖い思想家には命を狙われていた。しかし、娘との愛情は変わっておらず、ラストシーンでは海岸で子供の頃よく聞かせた童謡を歌い、お互い親子であることを確認しながら、父はスイスに帰っていった。「日本に来るべきだったのか?」

投稿者: 大橋医院