檻の中
彼は気がつくと、集中治療室の中にいた。いつの間に気管内挿官がなされ、人工呼吸器にて呼吸が管理され、中心静脈も確保され何種類の薬物が入った点滴が数本見えた。心電図のモニターもかすかに見え、慌しく看護師が走り回っているのと、次から次からとけたたましいサイレンを鳴らす救急車が入れ替わり到着するのが理解できた。彼は、手足を動かそうとしたが指先一本動かないのに気がついた。やがて、また深い眠りについた。
その部屋は、妙に明るかった、一般病室に運ばれたのであろう。気管内挿官ははずされ自由に呼吸ができ、中心静脈はやはりつるされていた。発語不能、手足は全く意のままにならず、完全麻痺であった。医師や看護士が定期的に処置に来た。家族は隣に疲れ果て眠っていた。 「3ヵ月後には退院してください」と医師は言った。「食事が出来ませんから、胃に直接、管を通す経管栄養にしましょう。半年毎に交換せねばなりませんが、便利なものです。N病院に紹介しましたから転院してください」
N病院の生活が始まった。院長が言った。「3ヶ月後には退院してください。老健施設を紹介しておきましたから、引越ししてください」
老健施設の生活が始まった。介護士と看護師と嘱託医により見守られた。スタッフは優しく彼は遠い少年時代の夢を見ることがあった。施設長がやってきた。「3ヶ月が経ちましたので、特別養護老人ホームが開きましたので、転居してください。住所も変更ですが、長く暮らせるでしょう。」
特別養護老人ホームの生活が始まった。家族は日曜日毎に見舞いに来たが、1ヵ月、半年、やがて来なくなった。看護師が定期的に胃のtubeから栄養分を与える。半年毎に嘱託医が交換する。週二日、浴場で介護士が手際よく彼の体を洗った。排出者はオムツの中に、これもstaffが手際よく清潔にしてくれた。耳の穴から口腔内までいつも清潔にしてくれる。
やがて、4年が経ち、彼はもう自分が分からなくなり、考えることもなくなった。春なのか、夏なのか、冬が来たのか、寒い、熱いも分からない、ただ明るくなり、やがて暗くなり、また明るくなる、この繰り返しである。
あるとき彼は大変な苦痛の中まったく意識がなくなった。脳梗塞を再発し、肺炎を合併し、嘱託医により、以前の病院に運ばれた。医学は急速に進歩しているから、脳梗塞も落ちつき、肺炎も治癒し、また施設に戻った。定期的に光が彼を覆うのが分かった。何年か経ったのだろう。時々、彼は意識が戻ることがあった。「死にたい」と思った。それを伝える方法はまったく無かった。
肺炎をその後幾度か再発したが、病院との連携治療で彼は生かされた。彼には死ぬことは許されなかった。Staffの暖かい介護が繰り返された。しかし、このお釈迦様は彼に御慈悲を与えた。
介護士が朝、見回りに行ったら、いつの間にか彼は冷たくなり、生体反応が見られなかった。看護師、嘱託医により死亡が確認された。
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