<大垣>
大橋信昭
私は、その日、名古屋OXOO大学の同窓会に参加していた。医学部時代のクラスメートとの久し振りの歓談で、青春時代の話で、感動の極地にいた。約30名の同級生と、解剖学から臨床講義、クラブ活動、下宿生活、話は尽きない。
その時、私は、ポケットの関所を超えるときに、伝馬町であらかじめ頼んであった往復手形が帰り占用と書いてあって、「大垣―760円」と墨で書いてあったのだ。これでは、大垣に帰れない。いったい何が起きたのか?確か、大垣から名古屋へ向かう手形をよく見ていなかった。つまり、私は往復手形を買ったつもりが、同じ「大垣―760円」を2枚買ったことになる。面倒なことだ。これは、やはり、この手形関係は名古屋駅の役人に交渉せねばいけないことなのだ。憂鬱になった。ところが驚いたことに、岐阜県とは信じがたい飛騨地方出身の川水氏がいたものだから、尋ねた。「君は、何日かけてその高山-名古屋手形を手に入れたのか?今日中に帰れるのか?」と質問したら、温厚な彼も不愉快になっていた。同窓会は盛り上がり、お開きになった。また来年逢おうと皆と堅い約束をして、大垣へ急いだ。ちょうど名古屋駅あたりに、馬が一頭、遊んでおり、飛脚、街道伝来役所と書いてあった所で、小役人がおり、先ほどの手形を見せたら、一の宮と岐阜駅で、馬のスタミナを見て乗り継いで気を付けるようにとの話であった。この「大垣―760円」の問題は、飛脚を大垣駅中仙道目付と再度交渉をしてくれとの事であった。雨が降ってきた。一応雨除けの、藁できっちり固めた合羽を羽織って、馬に飛び乗り、大垣へ向った。
最近、大垣も治安が悪く、辻切りが横行しているとの事と、一の宮、岐阜駅の間も、賊が横行しているとの話だ。馬の乗り心地はとてもよく、一の宮までは順当であった。岐阜が近づいた金華山がちょうどよい景色のあたりで、包丁、刀、刺青を彫った輩、肩をいからして木刀を持った集団に出くわした。「とまれ!全部、上張り脱いで裸になり、無一文になってもらおうか!」と威嚇してきた。私は、急きょ、呼び笛を持っており、高い周波数で、必死に吹き鳴らした。すると、すぐに、細長い御用と書いた提灯を持った、侍集団が現れ、「盗賊改めである。」と、突然、大活劇が始まり、一件落着となった。盗賊改めのお頭は、「まだまだ、大垣までは長い道のりでございます。くれぐれもご用心を。」「有難うございます。」と私は礼を言い、御縄を受けた盗賊たちが護送されるのをみながら、岐阜で、もう一頭の馬に乗り換え、大垣へ急いだ。
やっと、大垣城の明かりが見えてきた。揖斐川も増水してはいなく、問題なく墨俣から伝馬町へ馬を繋いだ。しかし、我が家へ帰る前に、「大垣―760円」の手形問題を船町奉行所へ行き、解決せねばいけない。水門川には、船が何艘か繋いであり、舟人足にチップをやり、船町奉行所へ急いだ。川から観える大垣城下は、雨の夜にも関わらずに、人でいっぱいであった。お菓子屋、呉服屋、金物屋、人形屋、一杯飲み屋、旅館等が立ち並び、そこで小忙しく働く奉公人、買い物に来た、主婦たち、草鞋を脱いで宿の止まり先で、ほっとしている人たち、さすが十万石の伝統ある町だ。活気がみなぎっている。奉行所で、手形のことを言うと、近頃の役人も親切なのか、問題をすぐに解決してくれた。サー我が家へ急ごう。歩き出して、5分、隣町で御殿医をしている上川医師にお逢いした。こんな、夜にお供を連れて往診しているらしい。私も診療所を営んでおり、医師としても帰宅を急いだ。
いた!いた!今日は同窓会だから、遅くなるから、具合の悪い時は大垣城下町病院へ行くように紹介状を持たしてあるのに、当院の待合室で、瓦版を勝手に覗き込んで、私の診察を待っていたという。アー疲れて帰ってきたのに、すぐに仕事だ。白衣と聴診器に着替え、菜種油に火をお越し、診察が始まった。(完)
岐阜県大垣市の大橋医院は、高血圧症、糖尿病、や動脈硬化症に全力を尽くします。
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