2014.10.07更新

<お妾さがし>

大橋信昭

どんより曇った、太陽光線もなく、外は薄暗く青空はどこにもなく、湿度がやたらと高い、不快指数が高い日であった。私はパソコンと患者さんを睨んでいた。そんなとき、いつも仲が良いケアマネージャーが「御診察後でよいからお逢いしたい。」と事務員に取り次ぎを頼んだ。土曜の午前中だが、一人診察しては、また一人、閑古鳥が鳴いて、ちょうど正午に外来は終わった。
そのケアマネージャーは、石川氏と言って、やたらと仲が良いのである。「先生、診察は終わりましたか?少し、私と付き合ってくれませんか?」瞬く間に、彼の助手席に乗り、ついた場所は、大垣市にもこんな幽霊屋敷があったのかと疑う、正面玄関はトタン製のシャッターが閉じてあり、一人が出入りできる隠し玄関が分かりづらくあった。平屋で、埃まみれで、強い風が吹いたら倒壊するであろうといった家であった。「この家は変わっていますよ。」彼は笑いながら私を誘導した。彼は、その隠し玄関を、思いっきりなぐり、「おじいさん!おじいさん!」と大声を立てた。しばらくして、ねずみ男のような白髪で、ひげは伸び放題、少し前歯で、痩せていて、猫背気味の、慎重160cmに満たない、老人が出てきた。「どうも御苦労さんです。」と言って、やっと隠し玄関の錠を外した。私たちはその家にやっと入り、土間から部屋に入った奥の一間に不気味な老婆が動いているのを発見した。するとその老婆は、ケアーマネージャーの石川氏を睨みつけていきなり罵声を放った。「私の旦那の二号をどこに隠している!」と血相を変えて吠えたのである。老婆は寝たきりで、私の白衣姿と聴診器を見て、「先生ですか!聞いてやってくださいよ。私は、誰がみても美人でしょ!それが、あの旦那は、この8年間、私に指1っ本触れない、抱擁も接吻もない、妾を隠しているに決まっているのですよ。それ、あの階段あたりに、うろうろしている女性は、旦那の妾じゃないですか?石川さんも、私の旦那も隠しているのですよ。やい!正直に言いなさい!」あまりの剣幕に、私は「旦那さん、あんた、その年でそんなもの隠しているの?」と右小指を見せた。「とんでもない、私は93歳ですよ。長生きしすぎました。」どうなっているのか、別室で石川氏に聞いた。「あの86歳の老婆が言うには、ここ8年間夫婦生活がない、旦那は見向きもしない、私は昔から美人で有名であった。きっと妾を隠しているに違いない、しかし、旦那も93歳、体力消耗で、食料品を買いに行くのがやっとで、タバコを吸いながら新聞を読むのが精一杯である。奥さんは私と夫がグルで、妾を隠しているというのです。いや、私もケアマネージャーですから、介護の立場で、先生に相談しているのです。」私は部屋の隅に、中核病院の薬袋と、ニトロペンと抗鬱剤を見つけた。近所の人に聞いてみると、ここには毎晩に、救急車が止まります。おじいさんはよくコンビニへ行き、お金を持たないで商品をポケットにしまうから警察が来ます。どういう家か分かりません。私なりに解釈すれば、老父も動ける認知症で、老婆は心疾患を理由に救急車をタクシーのように使うから、中核病院ともトラブルを起こしているのである。どうやらお妾さんはいない。これも認知症からくる妄想である。私は老婆に聴診器をお許し願い、臀部に大きな褥瘡と腫瘍ができていて、中核病院の形成外科に介護タクシーを呼んで診察してもらった。精検の結果、悪性黒色腫で、多臓器に転移していることが分かった。狭心症と心不全も合併している。
これは老老介護、認知症同士の介護、在宅尊厳死の選択も考えられた。ある場所で、ケアマネージャー、訪問完看護師、介護士、同じ町の民生委員を呼び、今後の看取りに向かって討論し、御爺さんも、奥さんの昇天が近いことをやっと理解できた。私の往診は続行し、毎日のごとくになった。
秋も深まるころ、御婆さんは、食事もやっとで、持続点滴と緩和治療に私は集中していた。彼女はよく夫を呼んだ。「妾とは縁を切りなさい。私が、こんなに苦しんでいるのに、あの世から恨みますよ。」御爺さんは「最初から、妾なんていないよ。この世で一番大切なものは女房のお前だけだよ。嘘じゃない。」
在宅医療は続行した。石川氏の介護プラン、ナース、介護士、私も医師とし全力投球した。木枯らしが吹く、冬が近い深夜、私は呼ばれた。彼女は断末魔の息の声で、「先生!やっと主人は妾と縁を切ったのよ。そして、私の体を深く抱擁してくれたわ。とても幸せなの。」とやっとの声で言い切り、息を引き取った。御爺さんはこの数年風呂も入っていないし、乞食のような哀れな容貌で女性には縁がなかった。息を引き取った奥さんと握手をして御爺さんは号泣した。
お通夜、告別式は、ひっそりと行われた。横浜にいる長女ともお逢いでき、生きている時の母の話はあまりにも長かった。でも逢えてよかった。
お正月も近いころ、コンビニの傍を徘徊している猫背の御爺さんに偶然お逢いした。「コンビニにでの買い物は財布がいるよ」「それは私の財布は万札がいっぱいです。」
---(この物語はフィクションであり、現実と異なります)-----
(完)

岐阜県大垣市の大橋医院は、高血圧症、糖尿病、や動脈硬化症に全力を尽くします。

投稿者: 大橋医院