2026.06.16更新


女性の低体重/低栄養症候群(FUS)――見過ごされてきた健康課題とその背景 

 

FUS提唱の社会的インパクト
 2025年4月に日本肥満学会がFUSの概念を発表して以来、さまざまな分野で大きな反響を呼びました。多くの学会におけるシンポジウムやワークショップの開催、医療系メディアや医学雑誌での特集に加え、新聞やテレビなどの一般メディアでも幅広く取り上げられました。

 このような大きな反響の背景には、日本の若年女性におけるやせの問題が、社会的にも潜在的な課題として認識されていたことがあると考えられます。女性の低体重や低栄養を、医学的介入を必要とする一つの疾患として捉えることにより、これまで十分に可視化されてこなかった問題が社会全般で明らかとなったと考えられます。また、後述するように、肥満症治療薬を用いた若い女性の不適切な減量が社会問題となりつつあったことも、FUSの概念が広く受け入れられた一因と考えられます。

GLP-1関連薬と「痩せ目的使用」の拡大
 近年、新しい肥満症治療薬として、GLP-1受容体作動薬などのいわゆるGLP-1関連薬が登場しました。従来、海外で発売されてきた肥満症治療薬の体重減少効果はおおむね5%程度でしたが、これらの薬剤では10数%から20%程度に達する体重減少が期待でき、減量効果の面で大きな進展といえます。

 一方で、GLP-1関連薬を保険適用外の自由診療で、若年女性の減量目的で処方する医療機関もみられます。インターネットやSNS上では、このような適用外使用が「GLP-1ダイエット」や「医療ダイエット」といった名称で広く宣伝されている実態もあります。美容・痩身目的でのGLP-1関連薬の使用に関連して健康障害が生じたとする報告もあり、適正使用が社会的な課題となりつつあります。

「GLP-1ダイエット」がもたらす健康障害
 いわゆる「GLP-1ダイエット」に関連する健康障害は、大きく二つに分けて考えることができます。一つは薬剤自体の副作用によるものです。GLP-1関連薬は、慢性疾患治療薬としては、副作用頻度が高い薬剤であり、肥満症治療薬としての用量を用いた臨床試験では、悪心、嘔吐、便秘などの消化器症状が50%以上の症例で認められています。また、頻度は高くないものの、膵炎やイレウスなどの重篤な有害事象が生じる可能性も指摘されています。

 「GLP-1ダイエット」に関連するもう一つの健康障害は、減量そのものに起因するものです。減量は栄養不足と表裏一体の関係にあるため、薬剤の使用の有無にかかわらず、過度または急激な減量は、それ自体が健康障害を引き起こす可能性があります。

 肥満学会の肥満症診療ガイドラインでは、治療開始後3-6カ月の減量目標として、高度でない肥満症(BMI 25以上35未満)では現体重の3%、高度肥満症(BMI 35以上)では5-10%が推奨されています。これは、急速な減量による健康障害を防ぐという目的も含まれています。例えば体重50kg程度の非肥満の女性が、1カ月で5kgもの減量を行うと、体重の絶対値だけでなく、減量速度の観点からも健康障害の可能性が懸念されます。

「頑張らずに痩せられる」のリスク
 インターネットやSNSでの「医療ダイエット」の広告では「頑張らずに痩せられる」といった宣伝文句が見受けられます。GLP-1関連肥満症治療薬の主作用は食欲抑制作用であり、その効果を適切に減量に繋げるには、自らの食行動を変容しようという意思が重要です。すなわち、「頑張らずに痩せられる」という理解は適切でなく、むしろリスクを伴います。食行動の変容を伴わずに、薬剤の持つ食欲抑制作用にのみ依存すると、「食べられなくなるまで薬剤を増やす」といった危険な使用に繋がりかねません。したがって、これらの薬剤は「頑張らずに痩せられる薬」ではなく、「頑張りを支援する薬」であるという認識が重要です。

 美容や外見上の理由から減量を目指すこと自体は否定されるものではありませんが、それが健康障害を伴うものなら医学的には許容されるべきではありません。FUSの概念が広く認識されることで、「GLP1ダイエット」の問題が「薬剤の副作用による不快な症状を我慢してでも痩せる」といった単純な問題ではなく、将来にわたる健康への影響を含む重要な課題として理解されることが期待されます。

FUS対策の今後の方向性
 現在、日本肥満学会のFUSワーキンググループでは、診断基準の作成が進められています。疫学調査による実態把握や、治療・介入指針の検討など、学術的な推進のためには診断基準の確立が不可欠です。代謝疾患や内分泌疾患を専門とする内科医に加え、女性医療、骨代謝、精神医学、栄養学、疫学など、多様な分野の専門家が参画し、検討が進められています。

 また、内閣府の研究班による調査では、女性のやせ志向は幼少期から認められ、小学6年生の女児の半数以上が「痩せたいと思ったことがある」と回答しています。FUSに対する包括的な対策を推進するためには、医療分野にとどまらず、教育や学校保健の専門家の参画も重要だと考えられます。

 2005年にメタボリックシンドロームの診断基準が策定され、それを契機として2008年より特定健康診査(いわゆるメタボ健診)が開始されたように、FUS対策においても、検診制度の構築は有効な施策となり得ると考えられます。

痩せ志向と肥満スティグマ
 FUS対策において最も重要なのは、我が国の社会全体における過度なやせ志向が是正されていくことです。減量ややせを過度に美や努力と結びつけて捉えないことが重要です。

 肥満症診療においては、肥満スティグマへの対応とケアの重要性が広く認識されています。肥満は自己管理の問題であるとする見方は、肥満スティグマを構成する偏見の一つです。しかし、肥満は他の慢性疾患と同様に、生活習慣に加えて、遺伝的要因、社会的要因、心理的要因など、複数の要因が関与して生じるものです。

 「やせ=美・努力」という社会的価値観は、裏返せば「肥満=努力不足・美しくない」という偏見と同根のものです。このような観点からも、日本肥満学会におけるFUS対策は重要な意義を持つと考えられます。FUSへの対応は、医療の枠組みにとどまらず、社会全体の価値観や行動の変容を含めた包括的な取り組みとして進めていく必要があると考えられます

投稿者: 大橋医院