いけない、日記をはじめたら、頭がさえまくって眠れやしない。ここは少し眠くなるまで、好きなことを書かせて!支離滅裂だよ!
日本は戦争に負けて以来、すっかり自信を無くしてしまったらしい。私は昭和28年生まれだから、先輩たちから聞いた話だ。しかし、湯川博士のノーベル賞、古畑頑張れ、古畑頑張れで水泳選手が
金メダルを取ったらしい。これに日本人が敗戦の悲しさを忘れさせたのは力道山だ。相撲の関脇だったんだけど、相撲協会と大喧嘩をして、脱退。資金は持っていたのか、当時、渡米はできたのか?
USAを見に行ったらしい。そこで興行として儲かるプロレスに眼をつけた。これを日本で始めれないのか、実現したのである。当時、テレビはあったが日本庶民が帰るものではなく、街頭テレビといって
路上に電柱でも打ち込み大勢の人が見えるテレビを置いたのだ。NHKから始まって、力道山は日本プロレス境界を作り、プロレスの試合を流したのだ。もちろん力道山はアメリカの一流プロレスラーを
何人も訪れ、交渉して日本へ来てくれるということになった。敗戦国の日本はすばらしくリカのプロレスラーを呼ぶためには興行成績の半分以上、が彼らのギャラだ。しかし、力道山の才能はすばらしく
街頭テレビに流れるプロレス中継に人は群がった。後は電気屋で流れているテレビのプロレス中継にも人だかりである。日本人がアメリカ人を殴る、蹴飛ばす、のはプロレスだけである。力道山の必殺技は「空手チョップ」である。最悪の力道山の不利な状況でもこの空手チョップを放てば、あれだけ元気な外人レスラーは失神するのである。レフリーが素早く、1,2,3と叫び力道山の勝利である。
日本人は外人なんかに負けないのだ。大きく話は展開した。力道山の弟子、なんといっても巨人軍から入ってきた2メートルを超す巨人「ジャイアント馬場」あとは相撲界の引き抜きもあり、力道山の空手チョップを見たさに大騒ぎであった。弟子たちもがんばり、外人レスラーをやっつけ日本のプロレスは世界一ということになった。悪役、非道、極悪の外人を空手チョップで皆やっつけ、力道山は超人気者と思われたが、昭和39年、チンピラにナイフで腹をさされたが、すぐ病院へ行けばいいのにかまわんと言って放置したら死亡した。大変なことになり、後継者は痔アインと馬場、助っ人はアントニオ猪木、僕はアントニオ猪木の大ファンであった。彼の試合はどこまでも出かけてみた。基礎的なレスリングがしっかりできているし、コブラツイストに卍固めだ。馬場と猪木は、分け合って全日本プロレスの馬場と新日本プロレスの猪木、それに国際プロレスというサンダー杉山率いる、テレビはプロレス中継でたいへんであった。僕は往路r巣が本当に好きなのである・日記というからには6月26日のことであるが超美人がやってきて私達をもっときれいにしてくださいというのにはたまげた。確かに肌を白くして、シミ、ソバカス、小じわを取る医薬品があるが、買っていった。今は、きれいになりたいという美女が押しかけてくる。当院は生活習慣病を専門とする尿因で圧倒的に中高年、老人が多いが大繁盛で結構だ。今の若い美人はすごいね!背は高く、スタイル抜群、西洋人のような美しい顔貌をしている。明日は台風だから患者さんが来てくれるか心配だが、頑張ろう。おやすみなさい。


