<原子爆弾> 大橋医院 大橋信昭
1945年8月9日11時2分に米軍がプルトニウム型原爆「ファットマン」を長崎市へ投下した。最初は小倉に投下する予定であったが曇りで視界悪く、被害にあったのは、見晴らしの良いしかも盆地の形態を要する最高適正地の長崎市になった。この日は、日ソ不可進条約破られ、中国大陸にいた、多くの日本人が偶然にも犠牲になった。さーこの物語の主人公:愛花君子は原爆投下の日は、17歳を迎えた美しい乙女あり、その運命の時間も、防空壕の奥深くで楽しく遊んでいた。その日の11時2分は、爆発と同時に空中の一点摂氏数千万度も言われる火球が発生、爆発から一万分の一秒という超ミクロ瞬間にその直径は、30メートル、温度は摂氏およそ30万度になり、さらに火球は百分の一秒から一秒の間に直径100-280メートルに達した。特に人体に熱傷を与えたのは、爆発後の0.3秒から3秒までの間においての赤外線であった。地上物質の表面温度は3,000度~4000度にも達した。爆発、強力な気圧変化、強い爆風、放射能を乗せて長崎市を全滅させた。もう長崎市は森、林はもちろん草一つ生えないであろうと報道された。
17歳の愛花君子は友だちとの遊びやおしゃべりに夢中で、防空壕の最も奥深いとこに、幸いにもいたことが死に至らなかったのであろう。一緒に同じ防空壕に入った大人たちは、君子が友だちと外へ出たときは、死体となっていた。周りの景色は激変、ビルディング、木造家屋は全倒壊、右も左も、北も南もわからなくなっていた。あとからわかった話だが、君子は9人兄弟の8番目の子、長兄は倒れてきた電柱に挟まれ、即死はしていないが身動きできなくなっていた。火の手は早く、家族の半分は死んでいたが、残りの家族、近所に向かって、涙で「残ったお前たちは生きるんだ!早く逃げろ!それから米軍は、女を見たらすぐにレープするから丸坊主になれ!」前後関係はハッキリしないが、君子はスキンヘッドになり、島原まで全速力で走った。途中は死体の山であり、時々、足をつかまれ、「水をください」の半死状態の人と出くわした。無視である。島原の親切なお百姓さんが2週間,匿ってくださり、恐る恐る長崎へ帰っていった。幸いにお婆さんは生きており、半分になった愛花家は必死で立ち直ろうとした。長崎の人の力はすごい!不完全ながらも2年後には、長崎祭りが行われていた。その後も、君子の苦労は続行し、昭和23年に町のチンピラ、パチンコ経営者と恋愛、赤ん坊迄生み、駈け落ちをして、はるか転倒もつかない大垣市の長屋で所帯を持った。やがて第2子も生まれて、石油販売業を経営して大成功をおさめた。
しかし、これは20年後に分かるのだが、母親はいくら被爆地の奥深い防空壕で避難していても、放射能をはじめとする有害物質が空中を充満しており、君子の卵巣のDNAはひどい変異を受けていたのである。長男智成、次女智代は、二人とも心房中柿生欠損症と肥厚型心筋症を先天的にもって生まれてきており、それが長男の子供にも遺伝し、孫まで二人,肥厚型心筋症を持っており、12歳になる長女は思春期病になり、ついに不登校となってしまった。
ここで筆者は主張したい。原子爆弾投下は長崎市で最後にしてもらいたい。あの爆弾は、人間の遺伝子を変異し、それが孫の末代まで影響する。何の罪もないのである。普通の爆弾は被害を受けた人が死に至り、子孫に影響することはない。もちろん原子爆弾で直接、即死する人が大半であるが、白血病、癌、血友病など、様々な難病で長く床について苦しみ昇天するのである。原子爆弾ほど残酷で、意地悪で、地獄を見る爆弾はない。原子爆弾を作った米国人のオッペンハイマーは、戦後に広島、長崎を訪れ、その悲惨さを見て「俺は、なんと残酷なものを作ってしまったのだろう」と、死ぬまで自殺も考えつつ苦しんだらしい。
人間ほど愚かな動物はいるだろうか?植物、草食動物、肉食動物、ウィルス、細菌、プランクトン、、、など、地球にはいろんな生き物がいるが、弱肉強食の世界で残酷なものである。しかし、それぞれの生物は、生きてゆくために、やむを得ずに、魚はプランクトンを食べ、ウィルス、細菌も仕組まれた繁殖性のため、人類は苦しめられる。草食動物は草花を食べなければ生きていけないし、肉食動物は、残酷にも草食動物を食い殺すのは宿命であり、食物連鎖である。
これで地球の生態はバランスが取れている。やむを得ない。ホモサピエンスだけが、悪知恵が働き、文明と殺傷能力のある兵器は猛烈に進歩し、言い換えれば、人間ほど共食いの激しい動物はいない。何故戦争へと発展するのか。歴史が始まって以来、小競り合いから、戦争、第1次、第2次世界大戦、民族、宗教戦争が何百年と続行しているのである。大量殺戮であり、その被害者は軍人、民間人、乳幼児、児童、民間人、老人、、無差別な殺し合いである。こんな残酷な共食いを何千年としているのは人間だけである。そのくせ、コミュニケーションが取れるのは人間だけである。これだけは強調したい!原始爆弾投下は長崎市が最後である。(完)


