2026.09.11更新

光は無いと、停電で困ります。あなたが見ているその光は、光学と言ってべんきょうしたらおもしrぽいですよ。

光は粒子か波か
可視光の正確な性質は、何世紀もの間、人々を悩ませてきた謎であり、多くの科学者や哲学者は次の問いに答えようと努力してきました。それは、光は粒子か波か、というものです。

古代ピタゴラス学派のギリシャ人科学者たちが、目に見えるすべての物体は絶え間なく流れる粒子を発していると仮定した一方で、アリストテレスは、光は海の波のように進むと結論付けました。これらの考えは、長期にわたる数々の修正や大幅な発展を経たものの、ギリシャ人哲学者たちが確立した論争の本質は今日まで変わっていません。

 

光の理論:粒子か波か
ある観点では、光は波のような性質を持つと考えられます。この場合の光は、静かな池の表面が投げ入れた石で乱され、さざ波が全体に広がっていくように、空間を進むエネルギーを生みます。別の観点では、光は絶え間なく流れる粒子で構成されると考えれられます。これは、庭の水やりホースのノズルからまかれる水の小さなしずくによく似ています。

過去数世紀の間、意見の一致は揺れ動き、ある期間は一方の説が優勢になるが、他方の説の証拠に覆されるという状況でした。20世紀の初頭にようやく、包括的な答えを出す十分に説得力のある証拠が集められ、誰もが驚いたことに両方の説が少なくとも一部は正しいと判明しました。

18世紀初め、光の性質を巡る議論により科学界が分裂し、それぞれが好む説の正当性について活発に論争が行われました。波動説に賛同する科学者のグループは、オランダ人のクリスチャン・ホイヘンスの発見に議論を集中させました。対する陣営は、アイザック・ニュートンのプリズム実験を光が粒子のシャワーとして進んだことの証拠として引用し、各粒子は何らかの手段で屈折、吸収、反射、回折、妨害されるまで直線的に進む、としました。

ニュートン自身は光の性質の粒子説に疑いを抱いているようではあったものの、科学界における彼の名声が絶大だったため、支持者たちは熾烈な論戦で他のあらゆる証拠を無視しました。

光が持つ波のような性質の概念を基にしたホイヘンスの光の屈折理論は、あらゆる物質内の光の速度はその物質の屈折率に反比例する、と説きました。言い換えると、ホイヘンスの仮定では、物質によって「曲がる」、つまり屈折する光の量が多いほど、その物質内を横切る光の速度は遅くなります。彼の追随者たちにより、光が粒子の流れで構成されていた場合、反対の作用が起こると結論付けられました。これは、より密度の高い媒質に入る光は媒質内の分子に引き寄せられ、速度が低下するのではなく上昇すると考えられたためです。

この議論の完全な解決策は、さまざまな物質(空気やガラスなど)を通るとき光の速度を測定することでしたが、当時の装置ではその役目を果たせませんでした。光は、通り抜ける物質にかかわらず、同じ速度で移動すると見られていました。その後、ホイヘンスの理論の正しさを証明するために光の速度を十分な精度で測定できるようになるまで、150年以上かかりました。

アイザック・ニュートンの高い名声にもかかわらず、1700年代初めの多くの著名な科学者は、彼の粒子説に異を唱えました。光が粒子で構成されているなら、2本の光線が交わる際に一部の粒子が衝突し合い、光線にずれが生じるはずだという反論もありました。明らかにこのようなことは見られないため、光が個々の粒子で構成されるはずはない、と結論付けたのです。

光の波動説
ホイヘンスは、自身の全知識を注いで1690年に発表した論文「Traité de la Lumière」の中で、空間を進む光波は、大気中と宇宙全体に存在する目に見えない謎の無重力物質エーテルに媒介される、と示しました。エーテルの探索には、最終的にその考えが葬られるまで、19世紀中に膨大な資源が消費されました。エーテル説は少なくとも1800年代終盤まで続きました。チャールズ・ホイートストンの提唱したモデルでは、エーテルが光伝播の方向に垂直に振動することで光波を運んでいると証明され、ジェームズ・クラーク・マクスウェルの精密なモデルでは、この目に見えない物質の構造が説明されました。

ホイヘンスは、エーテルが光と同じ方向に振動し、光波を運ぶ際にそれ自体が波を作り出すと信じていました。後に刊行された「ホイヘンスの原理」で、彼は波の各点がそれ自体のウェーブレットを生み、それらが合わさり波面を形成する仕組みを独創的に説明しました。ホイヘンスはこの考えを利用して屈折現象の詳細な理論を生み出したほか、光線が出会うときに互いに衝突しない理由を説明しました。

屈折率の異なる2つの媒質間を光線が移動する際、最初の媒質から2番目の媒質へと進むと光線が屈折し、方向を変えます。光線を構成するものが波か粒子かを判断するため、それぞれのモデルを考案して現象を説明することができます(図3)。

ホイヘンスの波動説によると、傾斜した各波面のごく一部は、波面の残りの部分が界面に到達する前に2番目の媒質に当たります。波面の残りの部分が最初の媒質内を移動し続ける一方で、この部分は2番目の媒質内を移動し始めますが、2番目の媒質の方が高い屈折率を持つため、移動速度は遅くなります。波面が2つの異なる速度で進んでいるため、2番目の媒質へと曲がり、伝搬の角度が変化します。

それに対して粒子説では、一方の媒質から別の媒質を通るときに光の粒子が方向を変える理由の説明がもっと難しくなります。この説の提唱者は、界面に垂直な方向に特別な力が働いて、2番目の媒質に入るときに粒子の速度が変化する、と説きます。この力の正確な性質は推論のままで、この説を証明する証拠は得られていません。

2つの説について別の優れた比較としては、光が滑らかな鏡面(鏡など)から反射するときに生じる違いがあります。波動説では、光源から発した光波はあらゆる方向に広がると考えます。鏡に当たった波は到達した角度に応じて反射しますが、前面に戻るそれぞれの波は反転画像を作ります(図4)。到達する波の形は、光源が鏡からどれくらい離れているかに強く依存します。近接した光源から発せられた光は、球状の大きく湾曲した波面を維持していますが、離れた光源からの光はより広がり、ほぼ平面の波面で鏡に当たります。

光の二重性:粒子と波
量子力学が生まれたのは、電磁放射線が示す、現在は二重性と呼ばれる粒子と波の両方に似た振る舞いを説明するために、アインシュタイン、プランク、ド・ブロイ、ニールス・ボーア、エルヴィン・シュレーディンガーなどが研究した結果によるものです。光は粒子として振る舞うこともあれば、波として振る舞うこともあります。

この光の理論と振る舞いの補完的な役割(二重性)は、経験的に観察されているあらゆる既知の性質(屈折、反射、干渉、回折)から、偏光や光電効果の結果に至るまでを説明することができます。この光の性質は組み合わさって共に作用し、私たちに宇宙の美しさを見せてくれます。

 

 

 

投稿者: 大橋医院