2026.05.29更新

本稿では、2026年4月10日(金)~12日(日)に東京で開催された第123回日本内科学会講演会のうち、10日に行われた教育講演「左室駆出率の保たれた心不全の病態と治療、最近の進歩」の内容について報告します。講演は奈良県立医科大学循環器内科学講座の彦惣俊吾教授により行われました。

 心不全は高齢化に伴い近年増加傾向にあり、その適切な診療は喫緊の課題となっています。特に、心臓の拡張機能異常を主因とすると考えられる左室駆出率の保たれた心不全(HFpEF)は増加しています。この病態は複雑で多岐にわたっており、効果が証明された標準的治療が限られているのが現状です。本講演では、HFpEFの病態、診断、治療の最近の進歩と今後の展望について解説されました。

HFrEFとHFpEFで予後に差は無し
 心不全とは、心臓の構造的あるいは機能的異常により生じる症状・徴候(労作時息切れ、呼吸困難、浮腫など)が、ナトリウム利尿ペプチドの上昇、または心臓由来の肺うっ血もしくは体うっ血の客観的所見のいずれか1つ以上で裏付けられる状態と定義されています。

 心不全による入院患者の予後は、左室駆出率の低下した心不全(HFrEF)とHFpEFで差がないとされており、左室駆出率が保たれていても適切な治療が重要です。HFpEF患者の臨床的特徴として、平均年齢が80歳前後と高齢であり女性が半数を占めること、心房細動、高血圧、慢性腎臓病などの合併症の頻度が高いことが挙げられます。また海外の報告では、肥満患者に多いことも示されていました。

 病態としては、加齢・肥満・高血圧などのリスク因子により、細胞・組織レベルで炎症や線維化が生じ、心筋細胞の肥大を引き起こします。その結果、左室構造異常やリモデリングが進行し、心肥大や遠心性拡大の原因となり、拡張障害が生じ、心不全症状の原因となります。さらに、心室機能異常に加えて、心房機能異常、血圧異常、弁膜症といった心臓由来の他の異常や、腎機能障害、貧血、加齢、肥満、フレイルなどの全身性代謝異常も関与しています。このように病態が極めて複雑かつ多様であることが、診断および治療を困難にしている要因の一つとされています。

心疾患と全身疾患が複合し、治療に難渋
 診断においては、心筋症、心膜疾患、弁膜症などの心原性疾患に加え、呼吸器疾患、腎疾患、貧血、肝疾患などの非心原性疾患との鑑別が重要です。しかしこれらの除外が難しい点も課題になっています。積極的に診断するための診断スコアとして欧州からHFA-PEFFスコアが提唱されています。心エコー所見とBNPまたはNT-proBNP値を用いてスコアリングし評価をする方法ですが、心エコーでの詳細な計測が必要であり、専門科による評価が望ましいと考えられています。

 日常診療において、HFpEFは合併症を多く有する高齢患者に多くみられ、薬物治療に対する反応が乏しい症例をしばしば経験します。心エコーやBNPなどの検査を組み合わせることで診断の補助が可能となれば、病態の整理が容易になると考えられます。一方で、心臓以外の原因を完全に除外できない症例も多くあり、心疾患と全身疾患が複合した病態であることから治療に難渋するケースも少なくないと感じています。

HFpEFの薬物治療の有効性は
 2021年時点のガイドラインでは、左室駆出率に基づいて薬物治療が規定されており、HFrEFではACE阻害薬やSGLT-2阻害薬などの基本薬に加え、利尿薬などの併用が推奨されています。一方、HFpEFでは、うっ血に対する利尿薬以外に明確に推奨される薬剤はありませんでした。これは、ACE阻害薬、β遮断薬、ARNIなどの有効性を示す十分なエビデンスが得られていなかったためです。

 その中で、SGLT-2阻害薬は糖尿病の有無にかかわらず、心血管死および心不全入院を約20%低下させることが報告されました。また、非ステロイド型MRAであるフィネレノンも、心血管死および心不全増悪イベントを約15%低下させる結果が出ました。さらに、BMI30を超える肥満患者に対しては、GLP-1受容体作動薬やGIP/GLP-1受容体作動薬がQOLの改善や心不全増悪イベントの低下に寄与したとの報告がでてきました。

 これらの結果を踏まえ、ガイドラインでHFpEFに対してSGLT-2阻害薬がClass I、非ステロイド型MRA(フィネレノン)および肥満症例に対するGLP-1受容体作動薬やGIP/GLP-1受容体作動薬がClass IIaとして位置付けられました。

HFpEF患者を4つの群に層別化
 しかしながら、すべてのHFpEF患者に適応可能な治療薬はいまだ限られています。その背景には、病態の複雑性と多様性と考えられ、今後は患者の層別化がより重要とされています。例えば、性別による差として、女性ではARNIやスピロノラクトンの効果が得られやすい可能性が示唆されています。

さらに、機械学習を用いた層別化の一例では、HFpEF患者は

① 心房細動などの不整脈を主体とする群
② 高血圧を主因とするVAアンカップリング群
③ 低血圧・低心拍出により心不全入院を繰り返す群
④ 高齢者に多く低栄養やフレイルなど全身状態不良を伴う群

 の4群に分類されました。このうち、③低心拍出群および④全身状態不良群は予後がより不良の結果が出ました。今後、このような層別化に基づく治療選択の発展が期待されます。

 HFpEFはHFrEFと比較してエビデンスに基づく薬剤が少なく、治療に難渋するケースは多いです。近年、新たに使用可能な薬剤が増えてきたことは朗報ですが、現時点でも病態の根本原因が多岐にわたることから、より層別化の進展がすすみ、効果的な治療が容易に判断できるようになれば一般内科でも対応しやすくなると感じました。

個別化治療の確立が求められる
 HFpEFは患者数が増加している一方で、病態が複雑かつ多様であり、診断・治療ともに難しい疾患です。HFrEFと同様に入院後の予後は不良であり、適切な治療介入が重要です。しかし、現時点で広く適応可能な治療薬はSGLT-2阻害薬と非ステロイド型MRA(フィネレノン)に限られており、治療選択肢は依然として少ない状況です。

 今後は機械学習などを活用した患者層別化を進め、それに基づく個別化治療の確立が求められます。また、HFpEFは一般内科領域の要因も多く関与するため、循環器領域に限定せず、多岐にわたる要因から心不全の原因がある可能性を常に念頭に置いて診療にあたることが重要であると考えました。

投稿者: 大橋医院