当院へ長いこと、高血圧症で、通院していた87歳の女性であった。87歳だが、20歳代に負けないぐらい元気で、”大阪のおばちゃん”という感じで、しゃべりだしたら、漫才が
止まらないという愉快なおばーさんであった。ところが、ある日の診察で、私は彼女の黄疸を見逃さなかった。すぐに、採血したら、ひどい肝機能異常で、腫瘍マーカーCA19-9が異常に
高値であった。すぐに入院を勧めたが、彼女は拒否、ご主人や家族全員に膵臓癌の可能性大であることを告げ、彼女はしぶしぶ入院した。大手術で膵臓全摘、所属リンパ節も丹念に取り除かれた。
その後、放射線療法、分子強敵化学療法(以前の化学療法は正常細胞にも害を及ぼし、癌細胞だけを死滅させること)も無力であった。しかし、今の化学療法は、癌細胞だけを目標に作用することが
可能になった。気の強い彼女は、術後、半年がたち当院に現れ、すっかり治りました、と笑顔を見せた。いつも旅行好きで、お土産や、自慢の夕食の手料理をいただいているほど仲良しであった。
私は、すっかり根治したという彼女の発言に疑問を持った。医学生時代から、膵臓癌はいかに早期に発見しても予後は5年であると、何度も教授より教えこまれてきたからだ。卒後50年になるが
膵臓癌で長生きした患者さんにお会いできていない。50年の強烈な医学の進歩でも、私は5年以上生存した膵臓癌の患者に遭遇していない。癌の治療もかなりの進歩で肝臓癌、胃癌,肺癌、そのほか
長生きしている患者さんは多い。いつもにこやかに外来通院していた老婆は、突然来院しなくなり、ある日娘さんが来院し、「膵臓癌は敵手したものの、細胞レベルで、全身転移しており、余命も極めて短いのです。」と言われ帰っていった。あの元気な大阪のおばちゃんも、膵臓癌には勝てなかった。お葬式にお参りに、我が家で言ったのは間もなくであった。膵臓癌に罹患した人の最大余命は5年という
学生時代に習った格言は今も残っているのだ。


