日本の高齢者における腸内細菌叢と筋肉との関連性に関するデータは限られていた
順天堂大学は6月12日、日本人高齢サルコペニア患者の腸内細菌叢の特徴について解析し、その結果を発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の浅岡大介教授、大草敏史特任教授、佐藤信紘特任教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nutrients」オンライン版に掲載されている。
サルコペニアは加齢に伴い筋肉量が低下することで機能障害となる高齢者で多くみられる疾患で、超高齢社会の日本において健康長寿を妨げる一因となっている。サルコペニアは単なる筋肉の疾患ではなく、高齢者のフレイル、自立性の喪失、施設への入所、死亡リスク増加などにつながる。近年、腸内細菌叢の研究が盛んになり、炎症を抑制する短鎖脂肪酸などを産生する腸内細菌がサルコペニアの病態と関連していることを示唆する報告が増えている。しかし、日本の高齢者における腸内細菌叢と筋肉との関連性に関するデータは限られている。
そこで研究グループは今回、順天堂東京江東高齢者医療センターに外来受診した腸内細菌叢データを有する男女356人の高齢者を対象に「アジア・サルコペニアワーキンググループ(AWGS)2019」の基準に基づき、サルコペニアと診断された患者の腸内細菌叢の特徴を明らかにすることを目的とした。
男性サルコペニア患者、腸内細菌叢のα多様性が有意に低下・β多様性にも有意差
男性のサルコペニア患者(35人)と非サルコペニア患者(109人)について、腸内細菌叢の多様性を比較解析した結果、α多様性(各被験者の腸内細菌叢に含まれる細菌の種類や各細菌の割合を示す)においては、一部の指標(Shannon、Observed features、Pielou evenness)で、サルコペニア患者が非サルコペニア患者より有意に低い多様性を示すことが判明した。一方、女性のサルコペニア患者(15人)と非サルコペニア患者(197人)の比較では、両者に有意なα多様性の違いは認められなかった。
また、男性のサルコペニア患者と非サルコペニア患者のβ多様性(被験者間の腸内細菌叢の構成の類似度を示す)において有意差が観察されたことから、両者の腸内細菌叢の構成が異なることがわかった。一方、女性においては、β多様性に有意差は観察されなかった。
男性サルコペニア患者、酪酸の産生に関連する細菌属の占有率・検出率が有意に低下
男性サルコペニア患者の腸内細菌叢の特徴を調べるため、非サルコペニア患者と占有率に有意な違いが観察される細菌属を調べたところ、6つの菌属(Eubacterium I、Fusicatenibacter、Holdemanella、Enterococcus H、Unclassified Lachnospira、Bariatricus)において、サルコペニア患者で腸内細菌に占める割合が低下していることが確認された。特に、Eubacterium I、Holdemanella、Enterococcus H、Bariatricusの4菌属は、サルコペニア患者では検出率も低いことがわかった。
しかし、女性のサルコペニア患者では、これらの菌属の占有率や検出率において、非サルコペニア患者との違いは見つからなかった。
低下していた細菌属、骨格筋量・握力・歩行速度と正の相関を確認
さらに、男性サルコペニア患者で低下していた細菌属について、各被験者の年齢や筋力指標(骨格筋量、握力、歩行速度)との相関関係を調べた。男性において、Holdemanelaは骨格筋量と、FusicatenibacterとEnterococcus Hは握力・歩行速度と、Unclassified Lachnospiraは握力と正の相関関係が観察された。一方、女性では同様の相関関係は認められなかった。
同研究で、男性サルコペニア患者で低下していた腸内細菌属には、短鎖脂肪酸の酪酸の産生に関与する細菌が含まれていた。酪酸は免疫調節作用など、さまざまな機能性を有する腸内細菌の代謝物の一つで、日本の健康な高齢者の腸内では酪酸産生菌の占有率が高いことが報告されている。短鎖脂肪酸(酪酸)は筋タンパク質の合成の促進や筋肉萎縮を誘導する炎症を抑制することで、筋力を維持する作用が報告されている。
野菜摂取量少の男性サルコぺニア患者、有用な細菌の低下で筋力低下しやすくなる可能性
また、同研究でサルコペニアと強い関連性が観察された菌属Eubacterium Iには、フラボノイドを代謝するEubacterium ramulus(E.ramulus)という菌種が含まれる。野菜などのポリフェノールを摂取することで腸内のE.ramulusが増えることが知られているが、過去の研究グループ研究で、慢性腎疾患を持つサルコペニア患者では野菜の摂取量が有意に少ないことを見出している。フラボノイドには筋肉の萎縮を抑制する作用が示唆されており、より詳細な研究が必要だが、野菜摂取量の少ないサルコぺニア患者の腸内でE.ramulusなど有用な細菌が低下し、加齢に伴い筋力が低下しやすくなってしまう可能性が考えられ、サルコペニアにおける食生活の重要性が改めて示された。
重要なこととして、これらの腸内細菌叢の変化は女性サルコペニア患者では観察されなかった。日本人のサルコペニア患者では、筋力に関係する腸内細菌やその役割が男女で異なると予想されるが、単施設での研究結果でもあることから、今後さらなる研究が必要とされる。
腸内細菌叢の制御による、さまざまな全身疾患に対する検討・研究を推進
順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センターは、超高齢社会・人生100年時代において、健康寿命延伸対策として、健康長寿いきいきサポート外来を開設し、各内科疾患のみならず、フレイル・サルコペニア・認知症・骨粗鬆症診療もあわせて行い、高齢者をトータルマネージメントすることにより健康長寿に積極的に関わり、予防対策に努めてきている。
「本研究での知見をもとに、高齢者の健康寿命延伸を目標に、腸内細菌叢の制御によるサルコペニアを含めたさまざまな全身疾患に対する検討・研究を進めていきたいと考えている」と、研究グループは述べている。