大橋院長の為になるブログ

2022.05.30更新

<当帰飲子>
シミが増えてきた、濃くなった、肌色もくすんでる。
UVケアには気をつかっているし、美白化粧品など試してみても、いまいち効果が感じられない…そんな40代、50代女性の肌のお悩みは、有害な紫外線「UVB」が原因かもしれません。
光老化とは
肌が老化する原因は、加齢によるものが2割、紫外線によるダメージが8割とされています。
実際に、日光を浴びない太ももの内側などは、色が白くてシミもありません。
反対に「顔」は隠しようがなく、紫外線を浴び続けています。そのため、シミやしわが増えたり、色もくすんで暗くなってしまうのです。
紫外線の中でも特に肌に悪いのが、UVAの600~1,000倍有害なUVB。日焼けの原因の70~80%がUVBです。

UVBは、表皮の90%を占める肌の細胞を破壊し、ターンオーバーを乱れさせます。
ターンオーバーが乱れるとメラニンを排出できなくなるのでシミが増えます。また、肌の生まれ変わりが遅れるので、古い細胞が肌の表面にとどまってくすみの原因になります。
紫外線による
シミ、くすみの原因
肌の細胞は、表皮の奥の基底層で毎日生まれ、28日かけて角質層まで上がってきて剥がれ落ちます。
この肌の生まれ変わりをターンオーバーと言い、シミのもとであるメラニンを排出し、くすみの原因である古い細胞を垢としてはがし落としています。
肌が老化する原因の8割は
紫外線ダメージ
紫外線UVBが肌の細胞を壊す
↓光老化の救世主「フィコシアニン」
フィコシアニンは、有害な紫外線UVBから肌の細胞を守り、破壊されることを防ぎます。
また、加齢によって減ってしまう繊維芽細胞を増やす作用があることもわかっています。

フィコシアニンを飲んで内側から肌をサポートすれば、紫外線から肌を守りながら、若々しいきれいな肌へ近づけると考えられています。
• 当帰飲子(トウキインシ)
• カサカサした皮膚のかゆみに用いられる
• 皮膚の乾燥によるかゆみがある湿疹や皮膚炎によく用いられる漢方薬です。特に高齢者のかゆみに使われる代表的な薬になっています。分泌物が少なく、発赤が淡くてかゆみがある湿疹などにも適します。皮膚の乾燥は「血」※が不足する「血虚(けっきょ)」の典型的な症状です。「当帰飲子」は「血虚」の基本方剤とされる「四物湯(シモツトウ)」を含んだ処方で、乾燥した肌のかゆみを改善させます。
あまり体力がない、冷え症の人に向くとされる薬です。
• ※「気・血・水」は、不調の原因を探るためのものさしです。
漢方では、私たちの体は「気・血・水」の3つの要素が体内をうまく巡ることによって、健康が維持されていて、これらが不足したり、滞ったり、偏ったりしたときに、不調や病気、障害が起きてくると考えられています。
• 「血(けつ)」:全身を巡ってさまざまな組織に栄養を与えます。主に血液を指します。
• 出典:「NHKきょうの健康 漢方薬事典 改訂版」 (主婦と生活社)
無断転載・転用を固く禁じます。
• 配合生薬
• 当帰(トウキ)、芍薬(シャクヤク)、川芎(センキュウ)、蒺藜子(シツリシ)、防風(ボウフウ)、地黄(ジオウ)、荊芥(ケイガイ)、黄耆(オウギ)、何首烏(カシュウ)、甘草(カンゾウ)
明日、
ツムラの当帰飲子が大橋医院に入ります。

投稿者: 大橋医院

2022.05.30更新

<今日一日一日>        大橋信昭
小生のような高齢者になると、余生幾日か分からないから、一日一日を大切にせねばいけない。外来患者さんは,小生にとって宝物である。この外来患者さんには、悪戦苦闘するのである。
1) 大会社の部長である。高血圧で通院しているが、ブルドッグが怒り心頭に達した顔をいつもしている。「血圧の薬が欲しいだけだ!」と、事務員を睨みつけると、さすが当院の職員「先生に診察してもらいます」しぶしぶ、小生の前に現れる。腕を面倒くさそうに出して、血圧値を測定し、」心音、肺音、腹部触診して、処方箋を書く。何のお礼もなく、不愛想に出ていく。ある日,その患者さんは突然,烈火のように怒り出し、立ち上がり、当院を出ようとした。「何か、ご無礼をしましたか」と聞くと、「マスクをきちんとはめない医師の診察は受けない!」と怒鳴られた。何人か診察しているうちに、小生のマスクが下顎まで垂れ下がっていた。もう二度と、来院してくれないと想ったら定期的に診察に来る。小生とブルドッグの間には会話はないし、不気味な静寂が残るだけである。
2) 89歳のお爺さんだが、亀背が著しく、声は大きく、「私は子供のころに、腎臓を傷めまして、それから腎臓が弱くて!」鼓膜が響く。高血圧症と89歳であるから腎機能は低下している。
「腎臓が少し悪く、血圧が高めだから、塩分を控えるように!」というと、お爺さんは、うれしそうに「やはり、腎臓が悪いですか?腎臓がね!」腎臓が悪くて大喜びである。腎臓!腎臓!と何回も奇声を発し当院を出た。
3) その男の目はいつも血走っていた。そして、大東亜戦争で経験した苦労話を、来院するたびに、長い演説を聞かねばならないのである。天皇陛下がすぐ傍にいるようである。では、諸君も彼の話を聞こう。「その時は、日本列島の最南端は、米粒のように見えた。私は、これから、ラバウルへ派遣されるが、日本を見られるのもこれが最後かと思うと、涙を隠せなかった。船といっても、お粗末なもので、船底にマルタン棒が壁に何列かくくってあり、マルタン棒にまたがって、用を足すのである。一つ間違えば海の激流に攫われる。船室も、寝る茣蓙、リュックサックが自分の大切な空間である。かなりの仲間が船酔いに苦しむ幾夜を過ごし、ラバウルへ到着した。鉄砲を持っているから、戦争に参加すると、思っていたら、畑づくりである。食料は、自給である。戦局は、すでに日本に不利で、連合軍に取り囲まれ、敵の鉄炮を避けながら、畑の収穫物藻食い尽くし、ネズミ、昆虫で飢えをしのいだ。敗戦の玉音放送を聞いたのも、間もなくであった。誰も生きて日本に帰りたい兵隊はいない。玉砕だという。私は,少尉であったので、本土から帰国船がもうくるから、無駄に命を落とすなと部下を殴り飛ばした。敗戦は惨めなもので、生き残った兵隊は、大粒の涙であった。まだ日本は負けていない、これから大和魂で連合軍に逆転勝利だなんていうやつがいたら、叱り飛ばせねばいけない。もう二度と逢えない祖国が、大きく見えたとき、軍隊は解散で、それぞれの人生に分かれた。大橋先生!男は鉄砲の中を潜り抜けて、初めて男になれる。君もそれぐらい頑張れ!」いやだよ!戦争、鉄砲と聞いただけで、平和の中に育った私は身震いがする。この元少尉の話は感動ものだが、会うたび、3回以上聞くと、我慢一筋である。いかに話を中断するかが一苦労である。
4) 或るこぎれいな女性だが、私に色っぽく、「くも膜下出血」をしましてね、薬は今先生からいただいていますが、交通事故で肝臓破裂を起こしましてね、輸血をたくさんやりまして、大変でしたと色っぽい視線を流す。それだけ大病で、美人で不可能だが、愛人に囲いたくなる女性も珍しい。

ほんの4症例を報告したが、当院には、院長に似ておかしな患者さんが多い。しかし、一人一人大切な宝であり、これからも長くお付き合い願いたい。(完)

 

投稿者: 大橋医院

2022.05.26更新

プラセンタ注射とは?
  

 プラセンタ療法(更年期障害)について
  「更年期」とは、閉経をはさんだ前後10年のことを指します。
  40歳代になると卵巣の機能が低下していき、女性ホルモン(エストロゲン)の分泌量が減っていきます。
  エストロゲンの低下により、さまざまな不快な症状がみられるようになります。
  更年期の症状や強さには個人差がありますが、日常生活に支障を感じるものを
 「更年期障害」と呼びます。

 更年期障害の代表的な症状
 ・のぼせ、発汗
 ・冷え
 ・めまい、耳鳴り
 ・手足のしびれ、こわばり
 ・イライラする
 ・抑うつ気分
 ・疲れやすい
 ・動悸、息切れ
 ・肩こり、関節痛

 プラセンタ療法
  ヒト胎盤ホルモン=プラセンタ(メルスモン)は、更年期障害の治療薬として厚生労働省から
  認可されているお薬です。定期的に注射することで治療効果を期待することができます。
  また、病気の治療以外にも、疲労の回復や自己免疫疾患・アレルギー疾患の改善、
  美肌・アンチエイジングなどの美容効果が認められているため、広く活用されています。

 保険適用となるプラセンタ療法(メルスモン注射)
  更年期障害と診断された場合、現行で年齢45歳~59歳の女性の方については
  病気の治療として保険適用になりますので、治療は保険の範囲内で行うことができます。
  プラセンタが保険適用となる病名は限られていますので、厚生労働省が認可した病名の方
  以外は保険でプラセンタ療法を受けることができません。
  メルモスンについて>

  年齢的にも症状的、病名的にも保険診療の適用にならない場合、
  例えば美容目的などのケースでは、自費でのプラセンタ療法をご提供しています。
  (ラエンネック または メルスモン)
  ラエンネックについて>

 効果・効能
  プラセンタには健康保険の適用が認められている更年期障害の治療以外にも
  以下の効果・効能が期待されます。
  ・美白
  ・保湿
  ・コラーゲンの生成
  ・細胞の増殖再生
  ・血行促進
  ・抗アレルギー作用
  ・抗炎症作用
  ・抗酸化作用
  ・免疫賦活作用
  ・アミノ酸補給
  ・疲労回復

 安全性
  当院使用のプラセンタ注射薬は感染のない健康なヒトの胎盤を原料として作られます。
  さらにメーカーでは、酸で加水分解し、最終滅菌するなど、感染症に対する安全対策を講じています。
  ※プラセンタ注射の発売開始以来、細菌やウイルス等による感染の報告はありません。
   しかしながら変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)等の伝播のリスクを
   理論的には完全に否定することはできません。

 副作用
  【重大な副作用】:
  たん白アミノ酸製剤であるため、アレルギー体質の患者様によってはショックを起こすおそれがあります。
  【その他の副作用】:
  過敏症 :悪寒、悪心、発熱、発赤、発疹等
  注射部位:疼痛、発赤等

投稿者: 大橋医院

2022.05.22更新

名古屋某公立大学医学部山下り大会 
               大橋信昭
<この文章はフィクションであり、事実と異なります>
“2022年4月22日、藤山教授の命令で、午前0時、伊吹山頂上に集合する。朝日に向かって、猛スピードで下山し、1位はハワイ1週間のレジャーを楽しむことである。”
この立て札に、医局員は各自、怒り心頭に達した。
「どうやって伊吹山の頂上にいくのか?」
「登山より.下山のほうが危なくないのか?」
「あたりは真っ暗であろう?大怪我をするぞ!」
など、いろいろ意見はあったが、白い巨塔教室は、伊吹山の頂上に強制連行された。スタートは、無理に連れてきた心室細動患者の,DCshockと共に開始した。すべての医局員のブーイングが始まった。開始後5分に、足を踏み外した佐久間医師は、脂肪酸をまき散らしながら、真っ暗な下界に悲鳴と共に消えた。10分後、高田医師が、なぜか沼地に紛れ込んだ。泥酔で足を取られ、身動きできない。そこへ高田医師とそっくりの狐が現れ、大格闘となった。泥仕合であり試合は無制限であり、先を急ぐ他の医局員は下山を急いだ。そこに不思議なことにゴルフボールが転がってきた。慎重な水谷医師は、3番アイアインとドライバーを両手に杖に持ちながら、真っ赤に顔を膨らました佐本医師がキャディーをやらされ、下山を急いだ。少し下ると、胸痛に青ざめながら口いっぱいニトロを舌下していたが、皆、無視し、下山を急いだ。そこにどういう道が伊吹山の下山道にあるのか、BentzのEクラスに奥田医師が、女子大広路のホステスと共に下ってきたが5分後、暗黒の谷底は消失した。そこへ、なんでこんな下山をするのと何度も無制限に愚痴を言いっていた吉田医師(急性:保木本)が、お地蔵さんの上に座り込みもう動かなかった。そこへ不思議なことに腎不全の患者さんの右腕血管シャント形成術をしながら下山していた。するとさっきから、鬼のように黒い如意棒を振り回しながら、逆方向に登山してきた米田医師と、まともに体当たりし、真っ黒な熊の巣へ入っていったが、熊の咀嚼音が聞こえやがて静かになった。ルイルイと歌を唄いながら、楽しそうにダンスをして下山してきた鈴木医師は、ニホンザルの集団に取り囲まれ、長く説教をくらっていたが、だれも下山を急ぎ,無視された。
やがて日が明るくなり、朝焼けは近づいたが、大橋医師は地本であり、裏道、隠れ路に精通しており、実はとっくに、一位でゴールをしていた。のんきに得意のフランク永井の「あなたを待てば雨が降る、」を唄っていた。教授はどうしたのだろう?この企画を練ったものの、頂上ですぐに猪に激突、立位不能で、何時間ももがき苦しんでいるようだ。医局員は全員無視である。何時間待っても、ほかの医局員はどうなったか行方不明である。こんなバカな企画を考えた教授に責任がある。大橋医師は考えた。ハワイはもう何回も行ったし、早く大橋医院でシャワーを浴び、ゆっくりしようと大垣市伝馬町帰宅したそうである。翌日、新聞報道、TVのワイドショーが大さわぎするかと思ったら、記事としては二束三文無視されたであろう。医局員の皆さんご苦労様。恨むなら教授を恨め!(完)

投稿者: 大橋医院

2022.05.20更新

<教授対研修医> 大橋信昭
昭和54年4月に、私は母校の循環器内科教室に、入局した。
同年の研修医は5名、学生時代は笑顔しか見せなかった、教授の顔は、眉間にしわを立て、鬼面となっていた。特に、研修医5名には、社会人、職業、医師とはという基本的な説教から始まった。「君たちは、印鑑というものを理解してもらわねばならぬ。その印鑑の社会的重要性、君たちの看護師、検査技師、Co-medicalに対する指示には責任が重い、充分な医学の研鑽の上に立った、発言でなければいけない。患者には、その人の社会環境、生い立ち、性格、あらゆる情報を取得し、慎重な発言をせねばならない。君たちは医師としては、一年生だ!この大学病院の外来、病棟には勉強することが山ほどある。命がけで頑張れ!」と、凍り付く私達のもとを去っていった。
 教授が居なくなると私達5名は、「教授の言うこともわかるが、適当にやろうよ。体がもたないよ。」と、外来へ、病棟へ分散した。私たちのことを“Freshmen”といい、一人では何もできないから、4-5年の経験者が指導してくださり、この先輩を“Oben”といった。一から十まで臨床を指導してくださり、厳しすぎる教授の愚痴も聞いてくださり、夜は食事にも連れてってくださった。
 教授といえば、怖いのが教授回診である。毎週一回あり、教授先頭に、逆三角形の形で、病棟を行進する。入院している患者、一人一人チェックし、Freshmenの私達が、病名、病状を説明し、検査項目、検査値、今後の治療方針を説明せねばいけない。教授の冷たい注意が耳に届く。「この病名は、どういう理由で考えたか?こんな検査では正しい病気も見逃してしまうぞ!今後は,Obenとよく話し合い反省点はないか、検討するのだ!」教授回診の前日から、腹痛が起こるし、回診中は全力投球で説明する。教授の注意はやがて激怒に変わり、「後で医局会でも十分検討する!」患者さんが、「先生、大変ですね!頑張ってください」終わると医局会までは3日あり、それまではホッとする。
 ある日、とんでもない事件が起きた。私たちの仲間のカルテが、一週間、何も書いてなかったのである。それを回診中に見つけた教授は、顔が真っ白になり、手は震え、大声で
「医局長!廊下へ出なさい!」とその音響は病棟全体に響いた。「このFreshを今日中に,教授室に連れてきたまえ!」
私達の5名のFreshに一人欠席している輩がいるのに気が付き、回診終了後、彼を捜した。なんと地下室の喫茶店で、のんびりコーヒーを飲んでいる。私は言った。「君、このまま,教授室に行くととんでもないことになるから、ひとまず帰れ!時が過ぎれば、解結してくれることもある。」真っ青になった同僚は肩を落とし、病院から、その日は姿をくらました。
 私たちFreshmenも教授の言うことを素直に聞いてばかりではいない。いかにさぼるか、愚痴るか、ずるがしこくなっていくのだ。教授は、Freshは最後まで、病棟に残り、患者を観察しろ!とはいうものの、見張りを立て、教授の車が姿を消すと、全員医局に集まり、教授の悪口言い放題である。私は先頭に立って、白版に黒いマジックで、“教授の馬鹿野郎”と書いた。胸がスーッとした。これを連夜続けていくと、医局に突然、教授が忘れ物を取りに現れることがある。君は何をしているのだ?教授の鋭い視線に白版の”教授の馬鹿”が半分も消せない。昼は昼で、病棟より離れた食堂で、教授の悪口言い放題をしていると、背中をたたく輩がいるので振り向くと教授であった。
 皆さんは、こんな毎日では、針の山の生活みたいだろうと思われるであろうが、少しずつ先輩方のご協力も得て、結果的には楽しい医局生活になるのである。私たちFreshmenも一年で大いに成長するのです。教授の怒りの逃げ道は多くあることに気が付くのです。今から40年も前の楽しい青春時代の一齣であります。(完)

 

 

投稿者: 大橋医院

2022.05.19更新

グルタチオン錠入荷:

これで、若く、シミ、そばかすは取れ、若返り、抗動脈硬化作用もある。

すべて抗酸化作用によるものだ。

投稿者: 大橋医院

2022.05.19更新

今から、25年前の話である。当時、介護保険はなく、夫の最後の面倒は、妻の仕事であった、

この人は、縫製を、気が付いた時から仕事していた。盆も、正月も、日曜日もなく、開けても暮れても縫製をしていたのである。

職人気質で、頑固であり、笑顔もなく、ただひたすら、針と糸を通していた。

その頑固職人が、全身倦怠感を訴え、黄疸が出現した。子供の頃からしていた針に糸が通せなくなった。近所でもあり、息子さんから頼まれ往診した。

肝胆道系に悪性腫瘍がある。食思不振も起きれなくなったのも、この病気のせいである。腹部に軽い腫瘤が触れる。黄疸も出ている。

お嫁さん、息子さん、親戚と話しあったが「親父は、もう50年以上、縫製の職場を離れたことはない。病院ではなく、そこで、死なせてやってください。」

私の、在宅尊厳死が始まった。毎日、点滴をし、麻薬で傷みを止めながら、機嫌のいいときは、戦争中の話である。彼は。満州鉄道の運転手であった。女性にもてて、もてて、、

当時は見合い結婚が、常識であったから、日本に帰り、無事子供立ちに恵まれ、あとはひたすら縫製である。いっぱいスーツを仕立てた。麻薬が聞いているせいか笑顔であった。

点滴を毎日、しに行った。ある夜、自宅から往診要請があり、急いで行ってみると、呼吸停止、心音はなく、瞳孔散瞳、対光反射なく、昇天である。

「私は、御臨終です。何の役にも立たなくごめんなさい。今から、診療所で死亡診断書をを書いてきます。」その時である。裁縫職人の死を宣告した老人が、思いっきり

「目を開き、”先生、ありがとう!」としわがれ声を発し、二度と動くことはなかった。私も、家族も、親戚もびっくりである。長い臨床生活で初めてのことであった。

お通夜の時、「息子さんから、父を楽にさせてくれてありがとう」と大粒な涙をも見た。家に帰り、このことは忘れることができないと思った。(完)

投稿者: 大橋医院

2022.05.17更新

グルタチオン錠100mg「つるはら」が100錠、今週末に入荷します。

グルタチオンの効果

グルタチオンとは、体内でも合成される栄養成分の一種で

もともと体内にあるものですが、20代をピークに加齢と共に減少。

強力な抗酸化作用があるため、アンチエイジングや美白効果があります。

糖尿病や高脂血症・肝機能改善による二日酔い予防・

妊娠つわり・生活習慣病などの予防、また環境汚染物質や食品添加物など、

日常生活で蓄積される体内の毒素の排出を促してくれます。

美肌の大敵である皮脂の蓄積や肌荒れの原因のニキビに効果が期待されています。

当院の患者様で海外の方で、有名な女優さん(海外で)

グルタチオン注射・点滴して色が白くなった。

と話題になり、当院でプラセンタ注射をされていた海外の患者さまの

多くの方が、プラセンタ+タチオンでの注射を希望されるようになりました。」

 

投稿者: 大橋医院

2022.05.12更新

1:「私の名は、赤ひげだ!本名は舌を噛むような名前でな、新出去定、安本!すぐに長崎で学んだ筆記と図録を差し出し、この診療所の白衣に着替え、今日からお前はここに詰める!葉はそれだけだ!

2:人間の臨終ほど、尊厳なものはない!安本!診察してみろ!安元「胃がんです。もう半時も持ちません。」赤ひげ「違う!これは、お前の長崎帰りの症例に出ていた。癌種でも後腹膜に癒着し、動かぬ臓器、膵癌だ。この症例はごくまれだからよく見ておけ!」「先生はこの患者に治療法はないと,おっしゃるのですか?」「無い、医学といっても情けないもので、あらゆる疾患に治療法はない。患者の治ろうとする免疫力をそっと助けてやるだけだ。この六輔は江戸でも有名な蒔絵師であった。かなりつらかったと思うが、この男は苦しいの一言も言っていない。よほどつらい人生を送ってきたのであろう。

3:わからん!この子は体もやられているが、心が火傷のようにただれているのだ!安元、きっと治してみろ!(この女の子は、12歳で、岡場所に身売りされていた。)

4:赤ひげは、無償外来をやっていた。その赤字分を、贅沢で安楽な生活をしている大名、豪商から高額な診察料を強要した。不愛想な顔をしているが、弱い人には優しく、怠け者には厳しかった。

5:ラストシーン赤ひげ「誰が許した。お前は療養所で一生を送ることはなく、御殿医に上り詰めるやつだ!それを!!!」安元「先生は医師はどうあるべきか身を持って教えてくれました。先生の患者さんに対する優しさ、診察の鋭さ、まだまだ先生には教わることがいっぱいあります。」赤ひげ「お前は,若さで尊家ことを言っとる。わしを買いかぶりすぎている。きっと後悔するぞ!」「お許しが出たのですね」赤ひげ「ふーん!」二人は並んで療養所へ無言で入っていった。(赤ひげは、以前より若くて、医学に熱心で患者さんを身も心も治せる医師をまっていた。赤ひげは安元を気に入っていた。不機嫌な顔を、ひどくなったが、うれしかったのだ。)

投稿者: 大橋医院

2022.05.08更新

私は、28歳、今度の相手は、意味合い11回目のヒトだった。大阪から、米原からの日本海へと電車は進んだが、豪雪のため、大阪へ引き返すことになった。

どうしても彼の両親にお逢いしたかった。けれの両親には、反対されていた。「やりきれないな」と、ため息が出た。すると偶然となりに座っていたおじさんが、

「槍は切れなくても通すことができる。やり切りとおすんだよ」豪雪の中婚約者の実家へ行く方法もおしえてくださった。引き戻った大阪から米原まで引き返し、東海道に乗り、

上野から何回も乗り換えて、婚約者の山形の実家の駅にたどり着いた。駅にはフィアンセが笑顔で、彼のご両親と再会した。豪雪の中彼女は水のみしか飲んでいなかったし、眠っていなかった。

彼の結婚に反対していたご両親の二人は、彼女を、お嫁さんい来てもらいたいといい、暖かい愛情が彼女を包み込んだ。【昭和20年代初期には、女は22-23歳までお嫁に行くことが世間の常識だった。彼女はその時28歳)何のことはない、3か月後結婚式が開かれ、令和4年、二人は幸せである。あのときの隣の名も知らぬおじさんの”やりとおす”が大きかった。

 

話は変わるが、イビチャーオシム(ボスニア ヘルツコヒチ間遠は、勝てないプロサッカー選手に、終わりなきランニングを強要した。何度も苦しみがわいてきても、オシムはランニングの中止を、

許さなかった。日本のプロ選手、一人ひとり、サッカーがなぜうまくいかないか問題意識を持っており、苦しみの中で解決しなくてはいけないといった。もちろん、何十年の監督業からくるアドバイスは

オシムは懇切丁寧に教えた。選手が今季負けぐらいする彼の指導は熱意に溢れていた。サッカーの試合に勝つためには、言葉、民族、人生観など関係なくただひたすら勝つことを考えろ出会った。

彼はユーゴスラビアで暮らしていたが、民族、宗教、言語で、ユーゴスラビは分裂してしまった。私も一年前に、学会でそこにいたが、あんなにうつくしい景色で、料理のおいしい、アルプスそびえたち、アラビア海の漉き取る青さに、戦争は全く似合わない。

 

落合監督は、プロ野球選手の練習に終わりはない、納得いくまでいつまでも時間無制限であった。休みはクリスマスとお正月で、練習日の休みはなかったし、終わり時間はなかった。プロとして、自覚を持ちけなけらば行けないし、ただ練習をしているわけではない。壁にぶつかった選手の疑問には、選手が降参するほども指導に際限は無かった。怠慢、プロとしての自覚のない選手は容赦なく解雇した。一年中、野球付で、本当に野球が好きで、残酷な落合チームであった。(私も医師として人命を預かる職業、医学の勉強、患者さんへの優しい心は限りがない)

 

 

投稿者: 大橋医院

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