大橋院長の為になるブログ

2022.06.12更新

GLP-1受容体作動薬とはどういう薬か?
 「リベルサス錠」(一般名:セマグルチド(遺伝子組換え))は、2型糖尿病患者の食事および運動療法で効果不十分な場合の血糖コントロールの改善を適応とする糖尿病治療薬として承認されている、世界初にして唯一の経口のGLP-1受容体作動薬。
 GLP-1受容体作動薬は、主に膵臓に働きかけ、血糖値が高くなると、インスリンの分泌を促して血糖値を下げる薬。主に血糖値が高くなるときに作用するため、低血糖を起こしにくい薬だ。
 GLP-1受容体作動薬の効果は、経口薬であるDPP-4阻害薬より強く、血糖値がかなり高くなった人にも使用されている。食欲を抑える作用もあるため、体重を落としたい人にも向いていると考えられている。
 これまで注射薬(皮下注射)のみだったが、「リベルサス錠」の登場により、飲み薬でGLP-1受容体作動薬による治療を受けられるようになり、治療の選択肢が増えた。
 すでに治療に使われているヒトGLP-1アナログ製剤であるセマグルチドは、ペプチドを基本骨格とし、分子量が大きいことから消化管での上皮細胞透過性が低く、また、胃の分解酵素により分解されてしまうため、経口投与は適していなかった。
 しかし、吸収促進剤であるSNAC(サルカプロザートナトリウム)を含有することで、胃でのタンパク質分解からセマグルチドを保護し、吸収を促進して、経口投与が実現した。
GLP-1受容体作動薬が飲み薬に
 日本での「リベルサス錠」の承認は、日本人1,293人を含む9,543人の成人2型糖尿病患者が参加した、グローバル臨床開発プログラム(PIONEER)にもとづいている。
 日本人2型糖尿病患者を対象とした、単独療法を評価する臨床試験で示されたHbA1cの低下量は、投与後26週で「リベルサス錠」7 mg(1日1回服用)で1.6%、リラグルチド0.9mg(1日1回投与)で1.4%、他の経口血糖降下薬1剤との併用療法においては投与後26週で「リベルサス錠」7mg(1日1回服用)で1.7%、デュラグルチド0.75mg(週1回投与)で1.5%だった(治療方針estimand)。
 また、「リベルサス錠」14mg(1日1回服用)については、日本人2型糖尿病患者の単独療法のHbA1cの低下量は、投与後26週で1.8%、他の経口血糖降下薬1剤との併用療法では投与後26週で2.0%だった(治療方針estimand)。
 「ペプチド製剤であるGLP-1アナログの経口化に成功し、日本の2型糖尿病患者さんにお届けできることは、『変革を推進し、糖尿病を克服する』というノボ ノルディスクのパーパス達成に向けた大きな一歩です。世界初にして唯一の経口GLP-1受容体作動薬「リベルサス錠」により、日本の2型糖尿病患者さんの血糖コントロール改善のために、新たな治療オプションを提供することができると信じています」と、ノボ ノルディスク ファーマでは述べている。

大橋信昭医師の次女に大橋実季という名の薬剤師がいますが、とてもいい子です。

投稿者: 大橋医院

2022.06.11更新

大橋医院のにんにく注射は「ソルマーテフ200cc+ノイロトロピン3ml+シアノコバラミン!ml」の点滴のことを言います。

20%ブドウ糖20ml+シアノコバラミン+ノイロトロピンの静注もします。

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シアノコバラミンはビタミンB1並びにビタミンB群が入っています。

疲労倦怠、更年期障害、に著効です。

投稿者: 大橋医院

2022.06.09更新

夏は、海や、プールへ出かけて、ビキニ姿のお嬢さんになります。

りベルサスは朝、30分の絶飲食後に、一錠を、お飲みください

夏は、体の線が出る薄着になるでしょう。りベルサスでやせましょう。

だんせいのしせんを、独り占め!

投稿者: 大橋医院

2022.06.09更新

GLP-1ダイエット
画像 GINZAおだまり~平安名 恵の太腕繁盛記のユーザープロフィール画像
GINZAおだまり~平安名 恵の太腕繁盛記
2022年05月20日 22:08
とうとう、手を出してシマウマ〜近頃流行りの、GLPダイエット注射と錠剤があるけど、お試し初心者として、リベルサスという錠剤にしてみたわ寝起きの空腹時に、1錠飲むだけでいいみたいなんだけど、こんなんで、ワシの食欲抑えられるんやろか笑ネット購入とかではなく、ちゃんと知り合いの医師に、処方してもらったから、それなりに効果はあるんだと思うけど…効果については、また随時UPしまプね持つべき物は金とコネ笑

 

りベルサスはGlLP-1受容体刺激薬で、膵臓のβ細胞に働きますが、やせます。思わぬ効果です。

DDP-4阻害剤(テネリア、トラゼンタ、ジャヌビア、。ぐらくてぃぶ、ネシーナ、オングリザ、エクア、スイニー)にもダイエット効果があります。

SGLT2阻害剤は、心不全に幅広く、使用されています。不思議ですね。

りベルサスで、スマートになろう!

投稿者: 大橋医院

2022.06.09更新

<丘の上のグループホーム>  大橋信昭
(以下の文章はフィクションであり、事実と異なるものであります。)
 私は丘の上のグループホームを30年以上、提携医と私は務めている。私は、他の特別養護老人ホームでも、2施設、10年は経験を積んでいる。今回、この“山岡伸江”を、昨日、回診、診察して驚いた。
2週間前は、飲水が全く出来ず、寝たきりで、発語もなく、手足も動かそうとせず、血圧は80/60を切り,酸素飽和度は80前後であった。体重減少が進行していた。私は昇天が近いと、思い親戚、家族、兄弟、皆集めて「もう山岡さんは10日に近く、何も食べておらず、寝たきりであり、バイタルはやっと保たれているが、もう2週間後には、昇天されるでしょう。やがて、意識を失い、眠ったように三途の川を渡り、そこには、争いもなく、全ての苦痛もなく、お花畑に取り囲まれて、幸せに暮らすでしょう。親戚の皆さん、本人は今、苦しんでいません。天国への道を見ていきましょう。」私は、こう述べ死亡診断書を用意していた。
 昨日の山岡伸江さんは、車いすにがっちり座り、食事は1時間近くかけて、全量摂取、普段はリビングで暮らし、嚥下困難を克服し、全身の栄養状態も良くなり、私に笑い顔をみせ、強く握手しあった。もう見取り体制ではない、リハビリにより、立位、歩行、入浴、トイレ、など自立の道へ進んでもらおう。ここまでに至るには若園リーダーの灯がつくような情熱、介護士さんの日常の自方向への、血と涙の努力、徳丸会病院から訪問看護ステーションが来てくださり、バイタルのチェック、毎日の穂液、優しい言葉の投げやり、、、これらが重なって2週間にて自立で座位、介助かで一日のおかゆ全量摂取、感情も豊かになり、天獄の門は施錠された。一番心配していたのは、慢性心不全で入退院を繰り返していたご主人であった。山岡さんは自立への道をしっかり歩きはじめた。主治医の私は驚いている。特別養護老人ホーム勤務中は、私が到着前に、婦長より見取りの話は、伝わっており、寝たきり、点滴もせず、絶飲食のまま1-2週間で三途の川を渡られた。私も,死亡診断書を特養で200枚近く書いてきたが、反省点は多い。見取りと決めたら、清拭のみで、自立の向上は試みさえない、すぐに御臨終である。
 最近、自立支援という言葉が叫ばれているが、山岡さんのような重症例、他にもグループホームには17人入居者がいるが、リーダーはじめ介護士さんのたゆまない努力が必要である。最近、丘の上のグループホームは笑顔がたえず、自立向上に励む入居者が多い。素晴らしいことである。私認定医は、当施設を全国に自慢したい。ありがとう、スタッフの皆さん(完)

投稿者: 大橋医院

2022.06.03更新

<ユーゴスラビアの分裂>   大橋信昭
私が、「国際インピーダンス学会」に大動脈閉鎖不全症(心臓の出口に当たる大動脈)が閉鎖しないので大動脈から血液が左心室に大量に逆流する。場合により死に至る病気でインピーダンスにより重症度を分類でき、この疾患の治癒に少しでも貢献できないかという研究であった。1992年の9月にザダールという避暑地で、北にアルプスが見られ、西にアラビア海、まったく太陽は燦燦と降り注ぎ、市民は平和を心底楽しんでいた。ただ、反ソビエト連邦の動きがあり、第2次世界大戦中にはナチスが奥深くまで侵略し、チトー率いるユーゴスラビアはナチスを撃退した。だから、学会の始まる前に、故チトー像に向かって敬礼した。私は、その後起こる、ユーゴスラビアの悲惨な分列戦争がはじまり、運よく平和の間に、日本へ帰国した。あんなのどかな避暑地が地獄となるとは想像もしていなかった。あんなのどかな避暑地が地獄となるとは想像もしていなかった。
ユーゴ共産党の分裂
 旧ユーゴが分裂する直接のきっかけになったのは、1990年1月のユーゴ共産党の分裂である。その数年前から、ユーゴスラビアをどう運営していくかについて、共和国間の対立が表面化していた。政治的経済的に危機的な状況だから中央集権化を進めていくべきだと主張するセルビアとモンテネグロに対して、スロベニアとクロアチアは、共和国の独立

性をより高めて緩やかな国家連合としてユーゴスラビアを運営していくべきだという考え方を主張していた。
 1989年3月、セルビア共和国の憲法が改正され、自治州であったヴォイヴォディナとコソヴォの自治権を大幅に制限し、セルビア政府がコントロールできるようになった。それ以前から、連邦予算をセルビアが勝手に流用したり、公的年金基金に属していた財産を処分してセルビア国内の住民に配布するという人気取り政策をしたりといったことが起こっていたので、セルビア憲法の改正は共和国間の信頼関係に大きな亀裂を生んだ。
 そして迎えた第14回ユーゴ共産党臨時大会において、共和国間の対立が決定的になり、スロベニア共産党とクロアチア共産党の代表団が席を立って会議場から姿を消した。1990年1月20日、ベルリンの壁崩壊からわずか2カ月後のことである。表面的には共和国の自立を認めながら、影で背骨のようにユーゴスラビアを一つにまとめてきたユーゴ共産党が分裂したことは、ユーゴの統一維持に暗い影を落とした。
紛争の始まり
 1991年6月末から7月初めにかけて、ユーゴ人民軍がスロベニアの独立を阻止する動きに出たが、わずか10日間で終結し、主戦場はクロアチアに移っていった。クロアチアには、当時、人口の12%にあたる約60万人のセルビア人が住んでいた。その居住地域は、ボスニア・ヘルツェゴビナ国境付近とセルビア国境付近に固まっていた。90年夏頃からセルビア人居住地域の分離独立の動きがあったが、91年春頃からその動きが先鋭化していった。
 91年10月5日、トゥージュマン大統領がクロアチア国民に対して、ユーゴ人民軍の支援を受けたセルビア人勢力の動きに徹底抗戦を呼びかける演説を行った。その2日後、ユーゴ人民軍の戦闘機が大統領府をミサイル攻撃するという事件が発生する。クロアチア政府の要人は難を逃れたが、この事件が決定的となり、クロアチアはユーゴスラビアからの完全独立を宣言することになった。クロアチアの独立記念日は10月8日に設定されている。
(注1)日本のマスコミは「ツジマン」と表記してきたが、クロアチア語の読み方はトゥージュマンである。この解説文では、クロアチア語の読み方により近い「トゥージュマン」と表記する。
(3)クロアチアにおける戦争
戦争の被害
 クロアチアの人々は、1991年から95年にかけて闘われた戦争を「独立戦争」と呼んでいる。日本人は、外国のメディアがcivil warという表現を使ったこともあって「ユーゴの内戦」と表現することがあるが、それはクロアチア人の認識と全く異なっている。クロアチア人とあの戦争について話すときは、決してcivil warという表現を使ってはならない。「内戦」と言ったとたんにそっぽを向かれ、それ以上の会話は成り立たなくなるであろう。それくらい、つらく悲しい体験であった。
 クロアチアには7つのユネスコ世界遺産がある。それらの中で特に有名な二つが、91年の戦争で被害を受けた。中世の城壁都市ドゥブロブニク(文化遺産)と16の湖が連なるプリトヴィッツェ(自然遺産)である。二つとも世界遺産登録が始まった初期の段階(1979年)に世界遺産になっている。
 ドゥブロブニクでは、度重なる砲撃によって城壁内の教会や民家が破壊された。現在では、ユネスコの支援を得て元通りに修復され、戦争の傷跡を見ることはほとんどできない。わずかに、旧市街城門横の教会の壁に保存されている不発弾が開けた穴や、城門の入口付近に掲げられている被弾箇所を示す旧市街の地図でわかる程度である。
 セルビア人勢力は、クロアチアのアドリア海沿岸を領土にすることをねらっていた。セルビア本国は内陸の国であり、昔から海への出口を求めていた。「セルビア人の住んでいるところはセルビア人の領土だ」という大セルビア主義を掲げ、周囲の国に勢力範囲を拡大する野望を常に持っていた。ドゥブロブニクは、その格好の標的だったのである。
 もう一つの世界遺産プリトヴィッツェは、1995年までセルビア人勢力の支配下にあった。クロアチア政府は、湖が破壊されているのではないかと心配したが、幸いそれはなかった。ただ、野生動物が砲弾の音を恐れて姿を消していたり、魚が乱獲されたりしていた。プリトヴィッツェは国立公園になっており、依頼すればレンジャーが案内してくれる。そのレンジャーの一人から筆者が直接聞いたところによると、セルビア人勢力はダイナマイトを湖に投げ込んで魚を気絶させて一網打尽にする漁をしていたという。成魚だけでなく稚魚も捕っていたので、95年にクロアチアがこの地を奪還したときには魚が姿を消していた。その後、現在に至るまで魚資源の回復活動が続けられている。
 この独立戦争は、1998年1月15日に最後の占領地であった東スラヴォニアがクロアチア政府に返還されるまで続いた。この戦争の被害は、クロアチア政府の発表によると、死者10668人、行方不明者2915人、負傷者37180人、難民(居住地を追われた人)約20万人であった。他方、セルビア人勢力側では、死者、行方不明者合わせて8039人、難民約45万人にのぼったと言われている。
数次にわたる領土回復作戦
クロアチアは、1992年1月15日にヨーロッパ共同体(EC)によって独立を承認される。日本がクロアチアを承認したのはそれよりも後だが、アメリカ合衆国よりも早かった。この点をクロアチアの人たちは、とても恩義に感じてくれている。アメリカ追従外交と揶揄されることが多い日本の外交だが、クロアチアの独立承認については独自の判断をした。この点は日本国民にほとんど知られていない。
 国連による調停では領土を回復できないと判断したクロアチア政府は、自国軍を育成して領土回復作戦を展開した。その最大の軍事作戦は、1995年8月4日未明から84時間にわたって展開された「嵐作戦」である。この時、筆者は、休暇でアドリア海沿岸に滞在していた。朝のニュースで「嵐作戦が始まりました」と報じられたとき、「いったいどうなるんだろう」という不安に襲われたのをよく覚えている。この作戦は、セルビア人勢力の大きな抵抗に遭うことなく、実質的に3日間で終了した。
 1991年秋にボスニア国境に近い地域をセルビア人勢力が占領したとき、そこに住んでいたクロアチア人たちを追い出した。その空いたスペースに、ボスニアやセルビア本国の貧しいセルビア人たちが移住してきていた。この嵐作戦によって、移り住んだ人たちも含めた約20万人のセルビア人が難民となって、ボスニアのセルビア人支配地域やセルビア本国に流れていった。まさに一般民衆の悲劇である。政府の求めに応じて移住してきたら、次には追い出されてしまったのである。為政者たちが見ているのは単なる「人数」であるが、それぞれの人には家族があり、日々の生活がある。それがすべて破壊されてしまうのだから、戦争をしていいはずがない。
戦争が残したもの
 戦争はさまざまな悲劇を生む。セルビア人とクロアチア人の夫婦が仲違いをして離婚したという例は、枚挙にいとまがない。難民として家を失い、家族を失った人たちもたくさん発生した。戦闘で負傷し身体の一部を失った人たちもたくさんいる。
 クロアチア人にとって、独立は悲願だった。フラーニョ・トゥージュマンという大統領を選び、彼が「クロアチア民族の国」を強調しすぎたために、クロアチア国内のセルビア人たちの不安を増大させ、セルビア本国に付け入る隙を与えてしまった。
 歴史に「もしも」は禁句だが、もしトゥージュマン氏があそこまでクロアチア民族主義をあおらなかったら、戦争は避けられたかもしれない。また、もしトゥージュマン氏が、当時のセルビア共和国大統領ミロシェヴィッチ氏とお金で解決する方法を模索していたならば、あの悲劇は起こらなかったかもしれない。今となっては何を言っても詮無きことではあるが、民族が大きな転換期を迎えるとき、賢明な指導者に恵まれるか否かがいかに重要であるかを旧ユーゴの戦争はまざまざと見せつけている。
この歴史を考えると、私の日本への帰国が危ないところであった。チトーというカリスマ性が無くなり、宗教、言語、肌の色が違う民族が、那智の進行に対して一つになったのである。チトーの影響が無くなり、姻族分裂大戦争が始まった。私は今でも覚えている。橋の上で5歳の子が無邪気に遊んでいたのを、1000㎞先から狙撃されたのである。この5歳が軍人として戦争に参加する可能性は皆無であり、天使が笑って戯れていたのが,死体となった。戦争は止めよう。何百回、何先回と、会議、討論をして、平和に解決する能力は、人間には備わっていないのである。今、行われている、ウクライナ、ソビエトの不可解な、終わりの見えない戦争を考えても、私は悲しく胸が張り咲きそうである。神様、後生だから地球をもとの平和に戻してください!(完)

 

投稿者: 大橋医院

2022.06.03更新

<2022年6月2日に感動したこと、悲しんだこと> 大橋信昭

今夜は第2回Seino Web Conferenceが19時よりあった。
私は内科医であり、整形外科が主であったから、軽く聞いていた。
しかし、岡山大学病院の鉄永倫子先生には感動した。何を、感動したかといって、彼女の秘めたる情熱である。神経障害性疼痛を痛みの尺度を定量化して、第一段階から第4段階まで、使う薬を説明してくださり、メーカーも絡んでいるから、タリージェの使い方を、詳細に公演していただきました。途中、snsならではのトラブルがありましたが、その声の澄んでいること、大きな声で、内科医にはすぐにはわかりにくいところも鉄永先生のエネルギーで感動に変わりました。素晴らしい先生ですね。全国的に痛みサークルみたいなことを作り、その活動は世界に広がっていること、頑張れ!鉄永倫子先生!!
 話は変わりますが、この人類が経験したことのない不愉快な戦争が今でも、続行しています。安彦良和先生が書いていらっしゃる,”ガンダム”もともと宇宙での戦争アニメですが、安彦先生がおっしゃるには、戦争の一番いけないことは、つい前まで、3歳から5歳の子が楽しく,ブランコ遊びをしていた。ほんの数秒後に、ブランコは壊滅されており、子供たちは肉片として飛び散り、握りしめていたお人形が、泥んこになりながら、目もつむらずに、無表情で、空を見ていた景色に変わってしまうことなのです。平和な日常が、一瞬で地獄になる。これが、至る所で起きている。“「聞いているのか!プーチン!」
お前が政治家として三流以下だから、いくら脅迫しても民間人(老婆,老父、父親、母親、子供たち、孫たち)の絆はとても強い。どんな兵器でもはなれないのであす。世界中が餓死しようとしているのに、なぜ小麦粉が出る港町を閉鎖するのだ?それにより世界中が不幸のどん底に陥ろうとしている。プーチン!お前は、生まれたての赤ん坊が泣きながら「ママ、ママ」と言って死んでいく。人間の心は持っているのか?ソビエト連報が崩壊し,人民が地獄に落ちたとき,有能なプーチンは今のロシア軍事大国を作って,強大な独裁者になり、無数の反勢力者を殺したからな!早く戦争を止めろよ。お前のせいで、今でも、無実の人が昇天している。<プーチン,早く戦争を辞め、お前は永久地獄に落ちて,永久の苦しみを受けよ。スターリン、ヒットラー、毛沢東に逢ったら、よろしく。プーチンが幼いころどんな不幸で辛いことがあっても、この重大な世界中にまき散らした罪は許されない。早く消えてなくなれ!プーチンのくそったれ!>(完)

投稿者: 大橋医院

2022.06.02更新

<報道のあり方>
私達は、正しい報道を獲得しているのだろうか?
1992年、ソビエト連邦が崩壊した。私たちは、欧米の一方的な報道により、東西冷戦の終焉、ベルリンの壁崩壊による西ドイツと東ドイツの統一、素晴らしい時代の流れの到来を素直に、喜んだ。
しかし、SNSで今、日本にいる、ロシア人の話を聞いて複雑な思いに沈み込んだ。ソビエト連邦が解体したことにより、あの広大な国土に,無秩序な社会が出現した。貧困な農民が多いロシア人は、貨幣の流通が途絶えてしまい、物々交換で毎日を暮らす、餓死者も出る生活になってしまった。秩序を失うと,警察官は無実の市民を逮捕し、刑務所に入りたくなければ、金をよこせといった。暴行略奪が横行した。
KGBの上層部にいた、プーチンは落ち込んだロシア社会に、秩序をはめ込み、市民の平和な社会は戻り、経済も格段上昇し、ロシア人のプーチンへの信頼は揺らぎないものとなった。低所得者が多い東ドイツ国民が西ドイツに流れ込んだ時、大混乱が起き、人々は強い政府を望んだ。日本人は欧米の偏った報道のみ聞き、ロシア人やドイツ人の苦しみを知らない。
 報道の真実を無視していいかというと、大東輪戦争の時、廣東軍は日本から流れてくる真実の情報を無視し、勢いで横暴な軍事力を中国内で発揮し、収拾がつかなくなり、大変な不幸が、日中両国に起きた。ヒットラーが台頭したとき、国民を洗脳する巧みな演説と、強力な報道陣と、映画による宣伝、飛行機からのビラ撒きなどにより、世界大不況も加わり、国民はナチズムに洗脳された。ナチズムの報道により、ユダヤ人の抹殺さえ正しいこととされた。
 報道は恐ろしい。プーチンは世界中の敵になっているが、ロシア国内では、ソビエト崩壊から、世界強大軍事国ロシアを作ってくれたことを忘れない人が多く、ロシアの国営放送や日本からの放送でも、プーチンの強烈な粛清社会、ウクライナのネオナチ、国民の束縛が強靭で、反抗する人、国を脱出する人に分かれているようだ。
 私たちは、TV,ラジオ、SNS,新聞、週刊誌など、特にITから入る情報で頭の中は大混乱である。東の情報、西の情報、あらゆる情報を考察し、行動せねばいけない。難しい時代だ。(完)

投稿者: 大橋医院

2022.05.31更新

<大橋医院の若く美しくなる薬>メルスモン(更年期症状の改善、体力向上)、ロトリガ(DHA+EPA)、ハイシー(シナール:ビタミンC)

ビオチン酸(湿疹を防ぎ、肌はスベスベ)、リオベルサス(朝、食事前に一錠内服,やせます)、ユビカテレノン(ビタミンE:抹消循環改善、冷え性、しもやけ)

トランサミン錠(湿疹予防、透き通る肌)<大橋医院の若く美しくなる薬>メルスモン(更年期症状の改善、体力向上)、ロトリガ(DHA+EPA)、ハイシー(シナール:ビタミンC)

 

リオべルサス(朝、食事前に一錠内服,やせます)、ユビカテレノン(ビタミンE:抹消循環改善、冷え性、しもやけ)

 

トランサミン錠(湿疹予防、透き通るく美しくなる薬>;

ハイチオン(湿疹、蕁麻疹、薬疹、)、グルタチオン(急性湿疹、慢性湿疹、皮膚炎、肝機能の改善、蕁麻疹、肝斑、)

ツムラ当帰因子:皮膚の若返り、湿疹、乾燥肌、かゆみ)

ツムラ防風通聖酸(便秘、体重減少 ツムラ当帰芍薬散(更年期障害:虚証)ツムラ桂枝ぼくりょう丸(更年期:実証)、

ツムラ加味逍遥賛:体質虚弱で肩が凝り、疲れやすく、精神不安などの精神神経症状、便秘,冷え性、月経不順、月経困難、更年期障害、血の道証)

ご相談ください!

 

投稿者: 大橋医院

2022.05.30更新

<当帰飲子>
シミが増えてきた、濃くなった、肌色もくすんでる。
UVケアには気をつかっているし、美白化粧品など試してみても、いまいち効果が感じられない…そんな40代、50代女性の肌のお悩みは、有害な紫外線「UVB」が原因かもしれません。
光老化とは
肌が老化する原因は、加齢によるものが2割、紫外線によるダメージが8割とされています。
ターンオーバーが乱れるとメラニンを排出できなくなるのでシミが増えます。また、肌の生まれ変わりが遅れるので、古い細胞が肌の表面にとどまってくすみの原因になります。

• 当帰飲子(トウキインシ)
• カサカサした皮膚のかゆみに用いられる
• 皮膚の乾燥によるかゆみがある湿疹や皮膚炎によく用いられる漢方薬です。特に高齢者のかゆみに使われる代表的な薬になっています。分泌物が少なく、発赤が淡くてかゆみがある湿疹などにも適します。皮膚の乾燥は「血」※が不足する「血虚(けっきょ)」の典型的な症状です。「当帰飲子」は「血虚」の基本方剤とされる「四物湯(シモツトウ)」を含んだ処方で、乾燥した肌のかゆみを改善させます。
あまり体力がない、冷え症の人に向くとされる薬です。

• 配合生薬
• 当帰(トウキ)、芍薬(シャクヤク)、川芎(センキュウ)、蒺藜子(シツリシ)、防風(ボウフウ)、地黄(ジオウ)、荊芥(ケイガイ)、黄耆(オウギ)、何首烏(カシュウ)、甘草(カンゾウ)
ツムラの当帰飲子が大橋医院に、入りました。

 

投稿者: 大橋医院

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