大橋院長の為になるブログ

2022.06.20更新

低ナトリウム血症は、日常臨床において最も一般的な電解質異常である。低度や中等度の低ナトリウム血症でも、日常生活や生命予後の悪化に関与する。

低ナトリウム血症を早期に診断し対応する必要がある。

特に高齢者に多い。

低ナトリウム血症には尿の希釈障害と、水分の過剰摂取がある。

抗利尿ホルモン(arginine vasopressin:AVP)が下垂体後葉から分泌されることも原因である。

利尿薬の飲みすぎが原因していることもあり、必ず定期的に医師の診察を受けることが望ましい。

投稿者: 大橋医院

2022.06.20更新

ケレンディア


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作用機序1-3)
ケレンディアはミネラルコルチコイド受容体(MR)に結合することでMRの過剰活性化を抑制します
フィネレノンは、非ステロイド型選択的ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)です。化学構造中にステロイド骨格を有さず、選択的にミネラルコルチコイド受容体(MR)に結合することで、MRの過剰活性化を抑制します。
MRは腎臓の尿細管などの上皮組織の他、腎臓の糸球体、心臓や血管など全身に広く発現しています。MRの活性化には、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の最終産物であるアルドステロンに加え、慢性的な高血糖状態や食塩過剰摂取などの病態下において、Rac1などの因子が直接MRの活性化に関与し、MRを過剰活性化させることで電解質調節障害や様々な組織において炎症及び線維化を引き起こします。
慢性腎臓病(CKD)などの腎疾患や心血管疾患の進行過程では、慢性的なMRの過剰活性化が炎症及び線維化を促進し、腎臓では糸球体障害やポドサイト障害、尿細管間質線維化など、心臓では心肥大、心筋線維化などの臓器障害の一因となることが報告されています1,2)。
フィネレノンは臓器障害モデル動物において、炎症及び線維化を抑制し、腎臓の機能障害の軽減や、腎肥大ならびに蛋白尿の発現抑制、心臓に対しては心肥大や心筋線維化などの抑制効果を示しました。これらのことから、フィネレノンは炎症及び線維化などを引き起こすMRの過剰活性化を抑制することで、心血管・腎臓障害の発症や進展抑制に寄与すると考えられます。

作用機序
Bauersachs J, et al. Hypertension. 2015; 65: 257-263、Nishiyama A, et al. Hypertens Res. 2019; 42: 293-300より作図

1)Bauersachs J, et al. Hypertension. 2015: 65: 257-263.
[COI]本論文の作成にはバイエルの資金提供を受けた。また、著者にバイエルより講演料等を受領しているものが含まれる。
2)Kolkhof P, et al. J Endocrinol. 2017: 234: T125-T140.
[COI]著者にバイエル社員2名が含まれる。
3)Nishiyama A, Hypertens Res. 2019; 42: 293‒300.

動画

投稿者: 大橋医院

2022.06.20更新

更年期サプリは身体の凝りに効く
更年期は、筋力や骨の機能が低下する時期です。女性ホルモンが少なくなると、骨密度も低下していきます。筋力や骨の機能が低下すると、血液を体全体に運ぶ力も衰えてしまいます。そのため血行が悪くなり、肩こりや腰痛といった体の凝りが起こるのです。
POINT!
更年期サプリは、血行を良くする成分を含むため身体の凝りに効果があります。
更年期サプリはうつ病の予防につながる
更年期になって女性ホルモンが激減するとセロトニンが不足します。セロトニンは別名「幸せホルモン」と呼ばれます。

投稿者: 大橋医院

2022.06.20更新

カリウムは体内に存在する電解質の1つであり、血液などの液体に溶け込むと電荷を帯びる ミネラルです。( 電解質の概要も参照のこと。)

体内のカリウムのほとんどは細胞内に存在しています。 カリウムは、細胞、神経、筋肉が正常に機能するのに必要な物質です。

血液中のカリウム濃度は、狭い範囲内に維持する必要があります。血液中のカリウム濃度が高すぎたり( 高カリウム血症)、低すぎたり( 低カリウム血症)すると、不整脈や心停止などの重大な結果を招くことがあります。体は細胞内に大量に蓄えられたカリウムを使って、血液中のカリウム濃度を一定に維持しています。

知っていますか?
カリウムは英語でpotassiumと呼ばれていますが、もともとはkaliumと呼ばれていました。カリウムに関連する疾患の名前にしばしばkalが含まれているのは、このことに由来します(例えば、Hhyperkalemia[高カリウム血症]など)。
体はカリウムの摂取量と排出量を釣り合わせることで、カリウム濃度を適正な値に維持しています。カリウムは電解質を含む食べものや飲みものから摂取され(カリウムも電解質の一種)、主に尿とともに排出されます。また、消化管や汗からも失われます。健康な腎臓は、カリウム摂取量に合わせてカリウムの排泄量を調整します。

特定の薬剤や病気は、カリウムの細胞への出入りに影響を及ぼし、血液中のカリウム濃度を大きく左右します。

投稿者: 大橋医院

2022.06.20更新

<たいせつなもの> 大橋信昭
人間社会には、二つの身体があります。一つは「人工身体」つまり物理化学的に計算された身体です。健康診断に結果表に書かれた数字です。身体のすべてのデータが描出さて、計算可能な数字になっています。それを進めれば、身体は完全に読めるもののはずです。そうした都市環境の中で、人間が設計しなかったものは、自然の身体です。
そうした身体性は、社会の中でコントロールされています。
まづ第一に暴力が禁止されています。それが軍隊と警察です。だから軍隊と警察は制服を着ます。軍隊と私服の刑事がもみ合っていると、どちらが泥棒かわかりません。軍人が制服を着ないで軍事行動をとればゲリラとみなされます。
それから性の問題です。性は、人間の自然そのものです、よい例がヘアヌードです。毛は誰のせいでもなく自然に生えているだけのことですが、それをなぜ見ていけないのか、議論する人は誰もいませんでした。社会は脳を作る。精神疾患の例でも脳死でもそうですが、社会が脳を中心に動いています。アリの社会と人間の社会は、異なります。アリの社会はアリの脳からだからです。動物が、成長するとその社会が作る暗黙の前提が現実になります。客観的な現実という考え方はきわめて強い暗黙の前提です。農家社会の減速が、身体に応用されていますが、我々がもともと持っていた身体は自然なのです。(完)

投稿者: 大橋医院

2022.06.18更新

 山路やまみちを登りながら、こう考えた。
 智ちに働けば角かどが立つ。情じょうに棹さおさせば流される。意地を通とおせば窮屈きゅうくつだ。とかくに人の世は住みにくい。
 住みにくさが高こうじると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟さとった時、詩が生れて、画えが出来る。
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りょうどなりにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容くつろげて、束つかの間まの命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降くだる。あらゆる芸術の士は人の世を長閑のどかにし、人の心を豊かにするが故ゆえに尊たっとい。
 住みにくき世から、住みにくき煩わずらいを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画えである。あるは音楽と彫刻である。こまかに云いえば写さないでもよい。ただまのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌も湧わく。着想を紙に落さぬとも※(「王+膠のつくり」、第3水準1-88-22)鏘きゅうそうの音おんは胸裏きょうりに起おこる。丹青たんせいは画架がかに向って塗抹とまつせんでも五彩ごさいの絢爛けんらんは自おのずから心眼しんがんに映る。ただおのが住む世を、かく観かんじ得て、霊台方寸れいだいほうすんのカメラに澆季溷濁ぎょうきこんだくの俗界を清くうららかに収め得うれば足たる。この故に無声むせいの詩人には一句なく、無色むしょくの画家には尺※(「糸+賺のつくり」、第3水準1-90-17)せっけんなきも、かく人世じんせいを観じ得るの点において、かく煩悩ぼんのうを解脱げだつするの点において、かく清浄界しょうじょうかいに出入しゅつにゅうし得るの点において、またこの不同不二ふどうふじの乾坤けんこんを建立こんりゅうし得るの点において、我利私慾がりしよくの覊絆きはんを掃蕩そうとうするの点において、――千金せんきんの子よりも、万乗ばんじょうの君よりも、あらゆる俗界の寵児ちょうじよりも幸福である。
 世に住むこと二十年にして、住むに甲斐かいある世と知った。二十五年にして明暗は表裏ひょうりのごとく、日のあたる所にはきっと影がさすと悟った。三十の今日こんにちはこう思うている。――喜びの深きとき憂うれいいよいよ深く、楽たのしみの大いなるほど苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身が持てぬ。片かたづけようとすれば世が立たぬ。金は大事だ、大事なものが殖ふえれば寝ねる間まも心配だろう。恋はうれしい、嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。閣僚の肩は数百万人の足を支ささえている。背中せなかには重い天下がおぶさっている。うまい物も食わねば惜しい。少し食えば飽あき足たらぬ。存分食えばあとが不愉快だ。……
 余よの考かんがえがここまで漂流して来た時に、余の右足うそくは突然坐すわりのわるい角石かくいしの端はしを踏み損そくなった。平衡へいこうを保つために、すわやと前に飛び出した左足さそくが、仕損しそんじの埋うめ合あわせをすると共に、余の腰は具合よく方ほう三尺ほどな岩の上に卸おりた。肩にかけた絵の具箱が腋わきの下から躍おどり出しただけで、幸いと何なんの事もなかった。
 立ち上がる時に向うを見ると、路みちから左の方にバケツを伏せたような峰が聳そびえている。杉か檜ひのきか分からないが根元ねもとから頂いただきまでことごとく蒼黒あおぐろい中に、山桜が薄赤くだんだらに棚引たなびいて、続つぎ目めが確しかと見えぬくらい靄もやが濃い。少し手前に禿山はげやまが一つ、群ぐんをぬきんでて眉まゆに逼せまる。禿はげた側面は巨人の斧おので削けずり去ったか、鋭どき平面をやけに谷の底に埋うずめている。天辺てっぺんに一本見えるのは赤松だろう。枝の間の空さえ判然はっきりしている。行く手は二丁ほどで切れているが、高い所から赤い毛布けっとが動いて来るのを見ると、登ればあすこへ出るのだろう。路はすこぶる難義なんぎだ。
 土をならすだけならさほど手間てまも入いるまいが、土の中には大きな石がある。土は平たいらにしても石は平らにならぬ。石は切り砕いても、岩は始末がつかぬ。掘崩ほりくずした土の上に悠然ゆうぜんと峙そばだって、吾らのために道を譲る景色けしきはない。向うで聞かぬ上は乗り越すか、廻らなければならん。巌いわのない所でさえ歩あるきよくはない。左右が高くって、中心が窪くぼんで、まるで一間幅はばを三角に穿くって、その頂点が真中まんなかを貫つらぬいていると評してもよい。路を行くと云わんより川底を渉わたると云う方が適当だ。固もとより急ぐ旅でないから、ぶらぶらと七曲ななまがりへかかる。
 たちまち足の下で雲雀ひばりの声がし出した。谷を見下みおろしたが、どこで鳴いてるか影も形も見えぬ。ただ声だけが明らかに聞える。せっせと忙せわしく、絶間たえまなく鳴いている。方幾里ほういくりの空気が一面に蚤のみに刺されていたたまれないような気がする。あの鳥の鳴く音ねには瞬時の余裕もない。のどかな春の日を鳴き尽くし、鳴きあかし、また鳴き暮らさなければ気が済まんと見える。その上どこまでも登って行く、いつまでも登って行く。雲雀はきっと雲の中で死ぬに相違ない。登り詰めた揚句あげくは、流れて雲に入いって、漂ただようているうちに形は消えてなくなって、ただ声だけが空の裡うちに残るのかも知れない。
 巌角いわかどを鋭どく廻って、按摩あんまなら真逆様まっさかさまに落つるところを、際きわどく右へ切れて、横に見下みおろすと、菜なの花が一面に見える。雲雀はあすこへ落ちるのかと思った。いいや、あの黄金こがねの原から飛び上がってくるのかと思った。次には落ちる雲雀と、上あがる雲雀ひばりが十文字にすれ違うのかと思った。最後に、落ちる時も、上る時も、また十文字に擦すれ違うときにも元気よく鳴きつづけるだろうと思った。
 春は眠くなる。猫は鼠を捕とる事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる。時には自分の魂たましいの居所いどころさえ忘れて正体なくなる。ただ菜の花を遠く望んだときに眼が醒さめる。雲雀の声を聞いたときに魂のありかが判然はんぜんする。雲雀の鳴くのは口で鳴くのではない、魂全体が鳴くのだ。魂の活動が声にあらわれたもののうちで、あれほど元気のあるものはない。ああ愉快だ。こう思って、こう愉快になるのが詩である。
 たちまちシェレーの雲雀の詩を思い出して、口のうちで覚えたところだけ暗誦あんしょうして見たが、覚えているところは二三句しかなかった。その二三句のなかにこんなのがある。
  We look before and after
    And pine for what is not:
  Our sincerest laughter
    With some pain is fraught;
Our sweetest songs are those that tell of saddest thought.
「前をみては、後しりえを見ては、物欲ものほしと、あこがるるかなわれ。腹からの、笑といえど、苦しみの、そこにあるべし。うつくしき、極きわみの歌に、悲しさの、極みの想おもい、籠こもるとぞ知れ」
 なるほどいくら詩人が幸福でも、あの雲雀のように思い切って、一心不乱に、前後を忘却して、わが喜びを歌う訳わけには行くまい。西洋の詩は無論の事、支那の詩にも、よく万斛ばんこくの愁うれいなどと云う字がある。詩人だから万斛で素人しろうとなら一合ごうで済むかも知れぬ。して見ると詩人は常の人よりも苦労性で、凡骨ぼんこつの倍以上に神経が鋭敏なのかも知れん。超俗の喜びもあろうが、無量の悲かなしみも多かろう。そんならば詩人になるのも考え物だ。
 しばらくは路が平たいらで、右は雑木山ぞうきやま、左は菜の花の見つづけである。足の下に時々蒲公英たんぽぽを踏みつける。鋸のこぎりのような葉が遠慮なく四方へのして真中に黄色な珠たまを擁護している。菜の花に気をとられて、踏みつけたあとで、気の毒な事をしたと、振り向いて見ると、黄色な珠は依然として鋸のなかに鎮座ちんざしている。呑気のんきなものだ。また考えをつづける。
 詩人に憂うれいはつきものかも知れないが、あの雲雀ひばりを聞く心持になれば微塵みじんの苦くもない。菜の花を見ても、ただうれしくて胸が躍おどるばかりだ。蒲公英もその通り、桜も――桜はいつか見えなくなった。こう山の中へ来て自然の景物けいぶつに接すれば、見るものも聞くものも面白い。面白いだけで別段の苦しみも起らぬ。起るとすれば足が草臥くたびれて、旨うまいものが食べられぬくらいの事だろう。
 しかし苦しみのないのはなぜだろう。ただこの景色を一幅ぷくの画えとして観み、一巻かんの詩として読むからである。画がであり詩である以上は地面じめんを貰って、開拓する気にもならねば、鉄道をかけて一儲ひともうけする了見りょうけんも起らぬ。ただこの景色が――腹の足たしにもならぬ、月給の補いにもならぬこの景色が景色としてのみ、余が心を楽ませつつあるから苦労も心配も伴ともなわぬのだろう。自然の力はここにおいて尊たっとい。吾人の性情を瞬刻に陶冶とうやして醇乎じゅんことして醇なる詩境に入らしむるのは自然である。
 恋はうつくしかろ、孝もうつくしかろ、忠君愛国も結構だろう。しかし自身がその局きょくに当れば利害の旋風つむじに捲まき込まれて、うつくしき事にも、結構な事にも、目は眩くらんでしまう。したがってどこに詩があるか自身には解げしかねる。
 これがわかるためには、わかるだけの余裕のある第三者の地位に立たねばならぬ。三者の地位に立てばこそ芝居は観みて面白い。小説も見て面白い。芝居を見て面白い人も、小説を読んで面白い人も、自己の利害は棚たなへ上げている。見たり読んだりする間だけは詩人である。
 それすら、普通の芝居や小説では人情を免まぬかれぬ。苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりする。見るものもいつかその中に同化して苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりする。取柄とりえは利慾が交まじらぬと云う点に存そんするかも知れぬが、交らぬだけにその他の情緒じょうしょは常よりは余計に活動するだろう。それが嫌いやだ。
 苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりは人の世につきものだ。余も三十年の間それを仕通しとおして、飽々あきあきした。飽あき飽きした上に芝居や小説で同じ刺激を繰り返しては大変だ。余が欲する詩はそんな世間的の人情を鼓舞こぶするようなものではない。俗念を放棄して、しばらくでも塵界じんかいを離れた心持ちになれる詩である。いくら傑作でも人情を離れた芝居はない、理非を絶した小説は少かろう。どこまでも世間を出る事が出来ぬのが彼らの特色である。ことに西洋の詩になると、人事が根本になるからいわゆる詩歌しいかの純粋なるものもこの境きょうを解脱げだつする事を知らぬ。どこまでも同情だとか、愛だとか、正義だとか、自由だとか、浮世うきよの勧工場かんこうばにあるものだけで用を弁べんじている。いくら詩的になっても地面の上を馳かけてあるいて、銭ぜにの勘定を忘れるひまがない。シェレーが雲雀ひばりを聞いて嘆息したのも無理はない。
 うれしい事に東洋の詩歌しいかはそこを解脱げだつしたのがある。採菊きくをとる東籬下とうりのもと、悠然ゆうぜんとして見南山なんざんをみる。ただそれぎりの裏うちに暑苦しい世の中をまるで忘れた光景が出てくる。垣の向うに隣りの娘が覗のぞいてる訳でもなければ、南山なんざんに親友が奉職している次第でもない。超然と出世間的しゅっせけんてきに利害損得の汗を流し去った心持ちになれる。独ひとり坐幽篁裏ゆうこうのうちにざし、弾琴きんをだんじて復長嘯またちょうしょうす、深林しんりん人不知ひとしらず、明月来めいげつきたりて相照あいてらす。ただ二十字のうちに優ゆうに別乾坤べつけんこんを建立こんりゅうしている。この乾坤の功徳くどくは「不如帰ほととぎす」や「金色夜叉こんじきやしゃ」の功徳ではない。汽船、汽車、権利、義務、道徳、礼義で疲れ果てた後のちに、すべてを忘却してぐっすり寝込むような功徳である。
 二十世紀に睡眠が必要ならば、二十世紀にこの出世間的の詩味は大切である。惜しい事に今の詩を作る人も、詩を読む人もみんな、西洋人にかぶれているから、わざわざ呑気のんきな扁舟へんしゅうを泛うかべてこの桃源とうげんに溯さかのぼるものはないようだ。余は固もとより詩人を職業にしておらんから、王維おういや淵明えんめいの境界きょうがいを今の世に布教ふきょうして広げようと云う心掛も何もない。ただ自分にはこう云う感興が演芸会よりも舞踏会よりも薬になるように思われる。ファウストよりも、ハムレットよりもありがたく考えられる。こうやって、ただ一人ひとり絵の具箱と三脚几さんきゃくきを担かついで春の山路やまじをのそのそあるくのも全くこれがためである。淵明、王維の詩境を直接に自然から吸収して、すこしの間までも非人情ひにんじょうの天地に逍遥しょうようしたいからの願ねがい。一つの酔興すいきょうだ。
 もちろん人間の一分子いちぶんしだから、いくら好きでも、非人情はそう長く続く訳わけには行かぬ。淵明だって年ねんが年中ねんじゅう南山なんざんを見詰めていたのでもあるまいし、王維も好んで竹藪たけやぶの中に蚊帳かやを釣らずに寝た男でもなかろう。やはり余った菊は花屋へ売りこかして、生はえた筍たけのこは八百屋やおやへ払い下げたものと思う。こう云う余もその通り。いくら雲雀と菜の花が気に入ったって、山のなかへ野宿するほど非人情が募つのってはおらん。こんな所でも人間に逢あう。じんじん端折ばしょりの頬冠ほおかむりや、赤い腰巻こしまきの姉あねさんや、時には人間より顔の長い馬にまで逢う。百万本の檜ひのきに取り囲まれて、海面を抜く何百尺かの空気を呑のんだり吐いたりしても、人の臭においはなかなか取れない。それどころか、山を越えて落ちつく先の、今宵こよいの宿は那古井なこいの温泉場おんせんばだ。
 ただ、物は見様みようでどうでもなる。レオナルド・ダ・ヴィンチが弟子に告げた言ことばに、あの鐘かねの音おとを聞け、鐘は一つだが、音はどうとも聞かれるとある。一人の男、一人の女も見様次第みようしだいでいかようとも見立てがつく。どうせ非人情をしに出掛けた旅だから、そのつもりで人間を見たら、浮世小路うきよこうじの何軒目に狭苦しく暮した時とは違うだろう。よし全く人情を離れる事が出来んでも、せめて御能拝見おのうはいけんの時くらいは淡い心持ちにはなれそうなものだ。能にも人情はある。七騎落しちきおちでも、墨田川すみだがわでも泣かぬとは保証が出来ん。しかしあれは情じょう三分芸ぶげい七分で見せるわざだ。我らが能から享うけるありがた味は下界の人情をよくそのままに写す手際てぎわから出てくるのではない。そのままの上へ芸術という着物を何枚も着せて、世の中にあるまじき悠長ゆうちょうな振舞ふるまいをするからである。

投稿者: 大橋医院

2022.06.17更新

智(ち)に働けば
角(かど)が立つ。

情(じょう)に棹(さお)させば
流される。

意地を通(とお)せば
窮屈(きゅうくつ)だ。

とかくに人の世は住みにくい。

住みにくさが高(こう)じると、
安い所へ引き越したくなる。

どこへ越しても住みにくいと
悟(さと)った時、詩が生れて、
画(え)が出来る。

投稿者: 大橋医院

2022.06.16更新

貧血
血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンの量が少なくなった状態のことです。
ヘモグロビンは全身に酸素を運ぶ重要なはたらきをしています。しかし、ヘモグロビンの量が少なくなると運べる酸素の量も少なくなって全身が酸欠状態となり、めまいや立ちくらみ、頭痛などのさまざまな症状が現れるようになります。
特に女性は月経で血液を失うため貧血になりやすく、中でも若い女性はダイエットや偏食など不摂生な食生活によって貧血になる人が増加傾向にあるとされています。一方、男性の貧血は消化管に出血が生じる病気を始め、さまざまな病気が疑われます。
貧血にはさまざまな種類があり、代表的な貧血の種類は以下のとおりです。
鉄欠乏性貧血
ヘモグロビンの元となる鉄が不足することによって生じる貧血です。貧血の約60〜80%を占めるといわれます。
赤血球に含まれるヘモグロビンが少なくなるため、赤血球の大きさが小さくなるのが特徴です。
再生不良性貧血
血液を作る役割を持つ骨髄のはたらきが低下することによって起こる貧血です。指定難病にもなっており、赤血球だけでなく白血球・血小板も減少します。
骨髄異形成症候群
一般的にがんの1つとして知られており、赤血球を産生する骨髄のはたらきの異常によって主に貧血が生じます。また、白血球や血小板の減少を伴うことが多いです。
巨赤芽球貧血
ビタミンB12や葉酸の不足で赤血球が減少することによって起こる貧血の総称です。赤血球が大きくなることから、巨赤芽球性貧血と呼ばれます。
ビタミンB12が不足する原因としては、胃の壁細胞に対する自己抗体が生産されたり、胃を切除したりすることによってビタミンB12の吸収に必要な内因子が胃から分泌されにくくなることが挙げられます。また葉酸は、アルコールの飲みすぎや野菜などの摂取不足のほか、特定の薬物の服用によって吸収されにくくなることがあります。
溶血性貧血
赤血球にも寿命がありますが、溶血性貧血はさまざまな原因により赤血球が通常よりも早く壊れ、ヘモグロビンが流出することによって起こる貧血です。
赤血球に対する自己抗体が産生されるなど病気によって起こるものもあれば、マラソンや長距離歩行などによって起こることもあります。典型的な例では、皮膚や目の結膜が黄色くなります。
腎性貧血
腎臓からは、赤血球の産生を調節するエリスロポエチンという造血因子が作られています。腎性貧血とは、腎臓が悪くなることでエリスロポエチンの産生が低下して起きる貧血です。
慢性炎症に伴う貧血
慢性関節リウマチなどの慢性炎症があると、体の中で鉄の囲い込みが生じるようになり、鉄の利用が妨げられます。つまり、体の中に鉄は十分存在しても、鉄が利用されにくくなって鉄欠乏性貧血のような状態になってしまいます。
原因
貧血の原因は種類によって異なります。
貧血の半分以上を占める鉄欠乏貧血の場合は、ヘモグロビンの元となる鉄が不足することが原因です。具体的には鉄の摂取不足のほか、妊娠・授乳による鉄の需要増加、月経や消化管からの出血による鉄損などによって不足します。また、病気の治療などで胃を切除した場合、胃酸の分泌が少なくなることで鉄の吸収が弱くなることもあります。
このほか、巨赤芽球性貧血の場合は、ビタミンB12や葉酸の不足、病気、別の病気の治療や治療薬が原因となって生じることもあります。また、赤血球に対する自己抗体ができたり、赤血球を作る骨髄が病気や慢性炎症にかかっていたり、腎臓が悪くなりエリスロポエチンの産生が減っていたりすることなどが原因の場合もあります。

 

投稿者: 大橋医院

2022.06.14更新

SGLT2阻害薬と心不全
SGLT2阻害薬のリード化合物となったフロリジンは、
1835年にフランスの化学者によってリンゴの樹皮から
分離された。SGLT2は近位尿細管の最も近位に分布し、
尿糖の90%を再吸収するが、残りはその下流にある
SGLT1によって再吸収される。SGLT1は小腸にも発現し
ており、その阻害は下痢を引き起こす。フロリジンは
SGLT1をも阻害してしまうことから、SGLT2への選択性
を高めて糖尿病治療薬として開発されたのが現在の
SGLT2阻害薬である。この新しい治療薬の出現により、
糖尿病患者の血糖コントロールは非常に容易になった。
しかも、SGLT2阻害薬の導入によってHbA1c低下作用の
みならず、体重や尿酸値の低下、腎機能や貧血の改善な
ど、多くの有益な効果が期待出来る。さらに、心不全を
呈する患者では、BNP低下作用が顕著である。実際、
SGLT2阻害薬による心血管・腎機能の予後改善効果を示
した大規模臨床研究が次々と発表され続けている1-4)。
その皮切りはEMPA-REG Outcome試験であるが、この
試験では動脈硬化性疾患をもともと持っている患者の集
団で、二次予防の対象となる患者が多かった。しかし、
これに続くCANVAS ProgramやDECLARE-TIMI58、CREDENCE
試験では、動脈硬化性疾患の合併は約半分程度であり、一
次予防の効果も確認された。さらにDAPA-HF試験は、左
室駆出率が低下したHFrEF患者にダパグリフロジンを投
与して心不全の悪化と死亡が抑制されるかどうかを見た
試験であるが、心不全抑制効果が顕著であるのみならず、
糖尿病の合併の有無に関係なく有効性を示した5)。また,
糖尿病の有無を問わず、eGFRの低下を遅延させること
も示された。その後も、SGLT2阻害薬の心房細動発症抑
制効果など興味深い報告が続いている6)。
SGLT2阻害薬のエリスロポエチン産生促進作用
このようにSGLT2阻害薬の使用は、明らかに心腎機能
を改善させることが判明し、SGLT2阻害薬共通の有益な
効果と考えられている。こうした SGLT2阻害薬の有効
性を発揮する機序として様々な説が提唱されているが、
浸透圧利尿効果や Na利尿効果、代謝改善効果などの他、
興味深い報告がある。2019年秋、エンパグリフロジン
がエリスロポエチン血中濃度を上昇させ、赤血球造血を
高めることが報告された 7)。エリスロポエチンは、低酸
素環境下で低酸素誘導因子(Hypoxia Inducible Factor:
HIF)の活性化によって腎臓の皮質と髄質の境界部の近
位尿細管周囲の間質にある REP(Renal Epo Producing)
細胞で産生される赤血球造血因子である8)。では、エン
パグリフロジンが通常酸素環境下でエリスロポエチンの
産生を高めた機序は何なのであろうか。最近、Vermaら
は尿細管でのSGLT2による糖再吸収は、Na-Kポンプに
よる過剰なATP消費と活性酸素産生による酸化ストレス
を生み出し、その結果として尿細管近傍にあるREP細胞
の機能低下を招くとしている9)。一方、SGLT2阻害薬は
1
eLetter 2020年冬号
過剰なATP消費を抑制することで尿細管周囲の酸化スト
レスを減らし、REP細胞の機能を回復させるとしている。
実際、SGLT2阻害薬によるヘマトクリット値の増加は、
糖尿病患者の腎臓における尿細管間質機能の回復による
ことも既に報告されている10)。
SGLT2阻害薬とHIF-PH阻害薬
糖尿病治療薬として開発されたSGLT2阻害薬がエリ
スロポエチン産生を高めることを、その開発前に誰が
想像したであろうか?HIF遺伝子のクローニングを行っ
たグレッグ・セメンザらが 2019年のノーベル賞を受賞
したことは記憶に新しいが、心不全を始めとする心血
管疾患の発症において HIFは非常に重要な役割を果たし
ている11)。HIFは細胞や組織への酸素供給が不足すると
誘導されてくる転写因子であり、その下流の多くの遺伝
子の転写を亢進させる。HIFによって発現制御を受ける
遺伝子として初めて同定されたのがエリスロポエチンで
あり、次に血管内皮増殖因子(VEGF)が続いた。長年、
腎性貧血の治療には遺伝子組み替え型のエリスロポエチ
ンが使用されてきたが、最近、内服可能なHIF-PH阻害
薬の上市が注目されている。SGLT2阻害薬とHIF-PH阻
害薬の作用機序は全く異なるにも関わらず、エリスロポ
エチン産生を高め、腎性貧血を改善させる点は興味深い。
では、HIF-PH阻害薬による貧血改善効果は、心血管疾
患患者の予後にどう影響するであろうか?新たなエビデ
ンスの蓄積が待たれるところである。
SGLT2阻害薬と長寿遺伝子サーチュイン
SGLT2阻害薬による貧血改善効果は、心不全患者に
とって酸素運搬能向上を始めとする様々な有益な効果が
期待される。しかし、貧血改善だけではSGLT2阻害薬に
よる心不全患者の予後改善効果を十分には説明できな
い。実際、2000年代に入って、組換型エリスロポエチ
ン製剤や鉄剤投与による心不全患者の予後について様々
な研究が行われたが、SGLT2阻害薬のような明確な有効
性は得られなかった。では、SGLT2阻害薬による心不全
予後改善の主因はどこにあるのであろうか?SGLT2阻害
薬は糖を尿に排泄することによって、糖尿病を治療する
薬である。一方で、インスリンを始め、かつての糖尿病
治療薬には、心不全患者の予後を改善させる効果はな
かった。SGLT2阻害薬とそうした古典的な治療薬の大き
な違いは何であろうか?それは、糖を体の外へ排泄させ
るか否かである。つまり、SGLT2阻害薬は糖を尿に排泄
することによって、結果的にカロリー摂取制限を行った
のと同じ効果を得ている可能性がある。10年ほど前、
30%のカロリー制限を受けたアカゲザルの老化が抑え
られ寿命が延びるとの報告が話題を集めた12)。その原因
遺伝子として注目されたのが、サーチュイン(SIRT)遺伝
子である。SIRT遺伝子は心機能の維持に重要なミトコン
ドリアの機能維持に重要である13)。興味深いことに、
SGLT2阻害薬が SIRT遺伝子を活性化し、断食時に引き
起こされる遺伝子群の発現を高める可能性が示唆されて
いる14)。もし、SGLT2阻害薬による心不全予後の改善が、
間接的なカロリー制限効果によるものであるならば、そ
の多岐にわたる有益な効果のメカニズムも理解しやすく
なる15)。
SGLT2阻害薬とミトコンドリア機能
ミトコンドリア機能異常は、心不全のみならず様々な
心血管疾患の発症の基盤にある。我々は肺動脈性肺高血
圧症患者の肺動脈血管平滑筋細胞(PAH細胞)が癌類似の
増殖性を示す機序にも、HIF-1αの過剰な活性化とミト
コンドリア機能異常が基盤にあることを報告した16-19)。
実際、肺高血圧症患者由来のPAH細胞は、通常酸素下に
おいてもHIF-1αが活性化していることが分かった。ま
た、PAH細胞の増殖抑制作用を指標に行った創薬スク
リーニングによって、セラストロールという天然化合物
を発見した 19)。セラストロールは、SIRT1活性化によっ
てミトコンドリア機能を改善し、代謝改善作用や体重減
少効果を有することが報告されている20),21)。また、こ
のセラストロールは肺高血圧の治療効果を有すると同時
に、横行大動脈縮窄による心肥大モデルや肺動脈縮窄に
よる右心不全モデルでの心不全改善効果を示した19),22)。
このように、SGLT2阻害薬によって影響を受ける分子群
は、心臓のみならず血管機能維持にとっても重要である
ことが分かってきた。SGLT2阻害薬が心不全のみならず、
各種の血管疾患の治療や予防にも有益である可能性があ
り、そのエビデンスの蓄積が期待される。
おわりに
飽食の時代を生きる現代人は、健康な人であっても、
常に過剰摂取カロリーという環境ストレスに曝されてい
る。それは、飢餓との闘いを何百万年以上も続け、それ
に対応するための遺伝子群を発達させてきた人類にとっ
2
日本心不全学会
て、進化の過程で遭遇したことの無い特殊なストレス環
境と考えられる。本稿では、SGLT2阻害薬の心不全予後
改善効果について、様々な角度から考察してきたが、低
酸素や酸化ストレス、炎症、ミトコンドリア機能など、
いずれも心血管系の恒常性維持にとって重要な生体内シ
ステムへの有益な効果によるものと説明できそうであ
る。今後、心血管イベント発症後の治療の時代から、予
防の時代へと移ろうとしている。適切な食事や運動の習
慣が大前提であるが、残念ながら、それが守れないのも
現代人。今後、SGLT2阻害薬の有効性のエビデンスがど
こまで広がっていくかに期待したい。

投稿者: 大橋医院

2022.06.13更新

<われ思う、ゆえにわれあり> 大橋信昭
朝、ベッドで覚醒時、「うむ、生きている」私の一日が始まる。
私も今年で69,来年70歳、フレイル、サルモネアにならないように、早速柔軟体操、スクワット100回、腕立て伏せを30回、腹筋運動を100回、日常化している。思いっきり背筋を伸ばし、脊椎の歪みを直そうとしている。
そして、仏壇にお祈りをし、蛭子さん、大黒さんのお祈りをし、洗顔、大も小も用を足し、朝飯はご飯と納豆とコーヒー牛乳と決まっている。朝食は365日ご飯と納豆、大量のサプリメントを服用する。
白衣を着て聴診器を持ち、診察室に座る。私はこの体制に入らないと世間から相手にされない。医師としてのみ、尊敬を受け、力を発揮できる。医学の情報はオンラインになってから、勉強する時間は、土曜、日曜を問わず、祝日も勉強せねばならない。心不全と済ませてはいけない、CHFwith reduced EF,CHF with preserved EFと言わなければならない。動脈硬化の危険因子をCHADSスコアということなど
医学生も知っている。オンライン、デジタルの医額情報で頭がいっぱいである。しかし、大切なのは患者さんのアナログ情報である。患者さんは神様である。

 

投稿者: 大橋医院

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