2014.05.26更新

長いご無沙汰で、名古屋駅に行ったら、人が多いのに困惑した。
大垣市の過疎化はひどいものだが、名古屋市は人で溢れている。
あとで後輩に聞いたら午後9時を過ぎると人口は倍加するそうである。
大垣市は午後5時でもって、人は途絶え、シャッターは閉まり真っ暗になる。
祥子とサボっていたので先輩後輩より、手厚く歓迎された。
私より2年下の後輩が教授になり、あと6年で、大きな仕事を運命づけられている。
講演パーティーはスムーズに終わり大垣の自宅についたのは午後10時半であった。
名古屋は近い、これからも大学、母校で勉強しに行こう。

岐阜県大垣市の大橋医院は、高血圧症、糖尿病、や動脈硬化症に全力を尽くします。

投稿者: 大橋医院

2014.05.24更新

「昭和54年」
昭和54年に、私は母校の名古屋市立大学医学部を卒業し、循環器専門医を目指し、
中野佐上医局長の当直室を訪れた。「私、循環器を勉強したいので、第3内科の入局を
認めてください。」微笑んだ中野先生は、藤波教授の部屋へ私を通したのは時間がかからなかった。
「よし、頑張るんだ。どんなつまらない、小さなことも見逃さないつもりで日々昇進すれば、大きなものが
手に入る」
私の入局が決まり酒盛りとなった。長閑な時代である。これで就職は決まりである。
入局したら、藤波教授は鬼となった。毎日が怒鳴り声である。中野先生は慰め係りであった。
3年後輩で、学年主席の大手医師が入局した。将来の教授を夢見て、大学を離れなかった。
よく勉強していた。あれから35年、大手医師は教授になった。今日、同窓会がある。
座長:中野佐上先生
演者:大手信行教授
今日は名古屋の僕へ行かざるを得ない。
今日の私の診療所院長も、この母校のおかげである。さー、当時の国鉄からJR国鉄で名古屋だ!

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投稿者: 大橋医院

2014.05.22更新

今朝の3時頃であった。
私はびっくりした。女房が左上腕の外傷患者を
消毒、縫合を始めている。不潔な行為である。
私は思わず女房に怒鳴った。
「貴様なんか、医師免許も持ってないのに何をしているのだ!
すると在宅の看取り患者が「家族が心肺停止です、お願いします!」
そこへ40℃以上の昏睡した乳児を抱えて母親が助けてほしいと泣き出した。
もうパニックであり、午前5時前に起床した。枕は汗びっしょりであった。

"夢でよかった"

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投稿者: 大橋医院

2014.05.21更新

<ハネムーン>
いつの間にか、僕は若返り、どこかの綺麗な女性と、
婚約し、結婚式を挙げていた。30年以上連れ添った
家内はどうした?新婚旅行は、ハワイであろう。
二人はより添い、手をしっかり握りいつまでも歩いた。
なぜか甘い吐息が僕の心を動揺させる。
レストランで食事を済まし、予約してあるホテルに宿泊。
いよいよ、「In the bed"」となった。彼女の白い手が僕を
抱きしめ、僕の唇を奪った。妙に"沢庵"臭かった。
よく見ると、僕の女房がいびきをかいているのだ。夢か?現実は厳しい。

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投稿者: 大橋医院

2014.05.19更新

母の死後、また左橈骨神経麻痺もあって、運動をすっかり忘れていた。
おかげで、腹囲はかなり増大し、誰が見ても肥満症になってしまった。
ここで、毎日続行できる運動、Walking再開だ。運動靴に履き替えて、
まず当院を出る、県道258に出て、大垣市民病院まで南下する。そこで、
西へ向かう。松尾芭蕉記念館だ。そこから西大垣まで出て、ヤナゲンを
東へ歩行町まで、途中に湧水がある。そこで水分補給をして、南へ行けば、
当院へ着く。一漫歩である。これを毎日やれば、気分すっきり、代謝もよくなり、
腹囲も職掌化する。サー若返るぞ!

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投稿者: 大橋医院

2014.05.16更新

投稿者: 大橋医院

2014.05.16更新

春ののどかな晩に、ある料亭で、
病院と診療所の連携をはかる会が、いつの間にか
病院が忙しいのだろうが、中間管理職と部長の激しい論争に
変わっていた。私のような診療所長は、その争いには加わってはいけない。
傍観していた。地方の中核病院は、紹介患者は欲しいばかりであるし、
20年も通院している古い患者はいくら説明しても開業医のところへは行かない。
その上に、時間外、夜間、救急外来である。これでは、勤務医は体を潰すという。
開業医は孤独であるし、院長でもあるし、事務上のことや、経営全般、医師法に罰せられない様に
気を使う。スタッフコントロールに患者さん主体の治療、休みなし、往診はいつでもどこへでも、
開業医も悩みが多い。
一療亭で、勤務医同士の闘争と開業医のボヤキが渦巻く会であった。
せっかくな春の日に仲の良いと元、きれいな景色を堪能したい貴重な日々だ。

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投稿者: 大橋医院

2014.05.15更新

<独り言>
お歳暮の季節なんて、いやな季節が来ましたな。
あれは誰が考えたのですかって?
イエスキリストのお母さんなんだって。
歳暮、マリアと言いまして。

昔、学校の先生が、今すぐやりたいことを紙にかけというものですから、
山へ行って、狼を懲らしめ、馬乗りに成田と書くところを、
山へ行って、娘を懲らしめ、馬乗りになりたいと書いたら先生に酷く

投稿者: 大橋医院

2014.05.14更新

人間はいつかは老いる。
私は嘱託医であるが、24歳で医師になった時、
何か特別な存在であり、私とは関係ないと思った。
しkし、49歳で特別養護老人の嘱託医になり、
夜起こされる日々が続行した。いやな仕事にしかなかった。
私は今、60歳、7月31日に61歳になる。
利用している高齢者に近づいた。
彼らは、捨てられた、寂しい、退屈、何がないかわからない。
いたずらに神様のお迎えを待っているだけである。
私は嘱託医であり、彼らのよき理解者になってあげ、か彼らとともに涙を流す存在にならなければいけない。

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投稿者: 大橋医院

2014.05.13更新

彼はサリドマイベイビーで生まれた。生まれつき四肢がなく、
生涯、寝たきりの生活を運命づけられていた。
彼も年を取り、介護施設の入居者になっていた。
胴体だけで、寝ているだけ、排尿、排便、食事、すべてに介護が必要であった。
しかし、彼もよくおこり、よく笑い、車椅子で外を散歩するときは、上機嫌で笑顔で元の顔がわからなくなっていた。
そんな彼も恋をした。いつも優しく介護してくれるナースである。
年齢不詳であるが、その笑顔は天使のようで、甘い声であった。
IQもしっかりしている彼は、欠損した手足では、恋を打ち上げることができなかった。
彼女が部屋に入ってくると、淡々とナースの仕事をするのだが、彼は心臓が破裂しそうであった。
あるとき彼は100%の勇気をもって「好きです」と告白した。ナースには通じなかった。
彼は、彼女への熱い思いが、空しく、無意味であり、70年以上強いられた四肢のないベット上の生活を恨んだ。
ナースの介護により、彼は彼女の吐息や、皮膚が触れ合うのが、たまらなく、抱擁したかったが、不可能であった。
この先も、彼は医日ある限り、彼女への求愛をどう表現してよいか、眠れぬ日が続いた。
ある日、高熱が発生し、嘱託医や彼の恋するナースにより病院搬送後、急死した。
神様は残酷にも彼の死により、彼女の恋を断ち切った。
今日も、平凡な介護生活が続いている。空しい話であった。

岐阜県大垣市の大橋医院は、高血圧症、糖尿病、や動脈硬化症に全力を尽くします。

投稿者: 大橋医院

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