大橋院長の為になるブログ

2022.08.30更新

この論文に着目した理由
 心不全加療を行う中で、高カリウム血症は時として厄介なものである。アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)、アンジオテンシン変換酵素阻害剤(ACE-i)などのレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系阻害剤(RAASi)、ミネラルコルチコイド阻害薬(MRA)は、心不全加療の中心となる薬剤だが、いずれも高カリウム血症の副作用がある。また、心機能低下症例では、腎血流の減少、静脈系のうっ血などの血行動態的な関与とレニン・アンジオテンシン系や交感神経系の賦活化を介して、腎機能が低下することが「心腎連関」として知られており、腎機能の低下は高カリウム血症を惹起しやすくなる。さらに、高カリウム血症の存在は、心不全患者の予後を悪化させると報告されている(Eur Heart J 2017;38:2890–2896.)。

 近年、SGLT2阻害薬であるエンパグリフロジンの心不全患者に対する予後改善効果が報告されているが、今回、心不全患者に投与した際の高カリウム血症への影響について報告されたため、着目した。

私の見解
 本論文の結果によると、ベースラインでカリウムが高い患者は心機能が悪かった。またそのような患者はeGFRが低く、糖尿病・虚血性心筋症の有病率が高く、アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)やMRAを多く内服していた。エンドポイントは、高カリウム血症もしくはカリウム吸着薬の処方で、エンパグリフロジンはプラセボに比して有意にエンドポイントを改善していた。その一方で低カリウム血症を増加させることはなかったと報告されている。

 カリウム低下効果は、年齢、BMI、人種、心機能などのサブグループで特に差はなかったが、eGFRの低下、および1年以内に心不全入院を必要とした二つのサブグループでは、エンパグリフロジン投与群で有意に良いという結果を示した。これらの結果は臨床的に非常に重要であり、心不全加療におけるエンパグリフロジンの立ち位置をさらに強くしたと言える。

 エンパグリフロジンがカリウムを低下させる機序に関しては、尿中排泄の増加、腎機能保護によるホメオスタシスの影響などが考察されているが、明確な機序は明らかになっていない。今後この点も明らかになると、より処方しやすくなるだろう。

 循環器内科医は誰しも、心不全患者に対して投与していたRAASiを高カリウム血症のために減量・中止した経験があると思う。RAASiを減量・中止することは、心不全管理という面だけみれば予後を悪化させる可能性があると分かっているものの、致し方なく減量・中止した経験は当然私にもある。実際、高カリウム血症は致死的不整脈の素因ともなりうるため、それを無視してRAASiを投与し続けるのもなかなか困難である。RAASiの投与によって呈してしまった高カリウム血症を、心不全治療薬であるエンパグリフロジンの投与で対処できるとしたら、これは患者にとって二重以上のメリットがあると言える。

 エンパグリフロジンを含めたSGLT2阻害薬は近年の報告により、ARNIと並んで心不全加療の中心となってきている。今回のカリウム低下作用を受けて、腎機能障害・高カリウム血症など、よりハードな背景を持った患者に対して使いやすい心不全治療薬であることがより周知されたと言えるだろう。2型糖尿病・慢性腎不全を呈する患者に対して、カナグリフロジンが高カリウム血症のリスクを減らしたという報告もあるため(Eur Heart J 2021;42:4891–4901.)、カリウム低下効果はSGLT2阻害薬に共通するものなのかどうか、今後明らかになっていって欲しい。

日常臨床への生かし方
 今回の論文の結果を受けて、エンパグリフロジンはさらに使いやすい心不全加療薬だと言えるようになったと思う。心不全のステージが上がるにつれて、腎機能障害の有病率は増え、RAASiの投与・増量の必要性も上がり、必然的に高カリウム血症を呈することも多くなるため、心不全の早いステージでのエンパグリフロジンの導入が望ましいと考える。一方でSGLT2阻害薬に共通するフレイルなどの懸念点もあることから、個々の患者に適した投薬加療をオーダーメイドで考えていくことも忘れてはいけない。

投稿者: 大橋医院

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