大橋院長の為になるブログ

2022.07.24更新

恋  大橋信昭>
恋に堕ちるチャンスはいくらでもある。
しかし、心に秘め、他言無用である。私が25歳で某病院の
看護師、しかも年上の子供もある、ご主人もある女性に恋したから、大変である。私は、彼女に逢いたいため、日勤表を探った。彼女が、何時からどの病棟は勤務か把握した。いかにも私の担当患者を診察に来た芝居を打ったが、目的は彼女の笑顔である。そこで、学生時代から苦学した、絶対信頼できる友人に打ち明けた。かれは「お前はどうするの?」
と心配をしてくれた。ここだけの話が、明日、外来、病棟へ行ってみると、この話で、大騒ぎで、全スタッフの見る目が違っていた。友人などあてにならないが、私は地元で婚約が決まりその年の12月には結婚した。結婚準備でいそがしかったが、結婚前日、年上の女性は、私を睨んだりしたが、何も話すことは無くなった。
恋は怖い!僕の人生で一番大切な時期に現れるのである。
中学3年生の時が登校すると、3階の窓から怪しげな笑顔を向ける中学1年生の女子生徒がいたが、毎日、3階の決まった場所で待っていられると、かわいらしい美女だけに、僕の受験勉強に対する情熱はかなり怪しくなった。しかし、無事卒業し、岐阜高校で医学部合格の勉強、一心不乱であった。ところが、高校3年生は医学部受験に向かってわき目も降らないつもりであった。中一の女性は無事高校1年生になり、通勤電車は一緒であった。唇を奪いたい魅力で、私の医学部受験を邪魔した。一声かけたらすぐに恋人になれたが、医学部合格を勝ち取るために、彼女を無視した。同じようなことは岐阜高校でも起きた。私の下校時に、蜂蜜の匂いを振りかける高校1年生の女子生徒がいた。登下校、同じ市電である。キュートな小柄な女性で、魅力的な瞳とかわいらしい仕草に降参した。恋に堕ちた。高校3年生という、暇さえあれば勉強しなくてはいけないのに、二人の魅力は違うが、私の心は多いに乱れた。成績下降である。担任の先生が、医学部の内申書など書いてやらぬと言われてから、鬼の受験生になった。見事、医学部合格である。高校1年生の美女は、将来、数学の先生になられ、中学の校医をしているところへ赴任されてきた。いつも、門の入り口で、「ご苦労様です」しか言わなかった。3年も私の母校にいたが近づくわけにはいかなかった。校長の私と転向教員に対する警戒は厳重であり、養護教員に少し漏らしたのだ。地元に転向されたが、不道徳なことは、私は出来なかった。大学時代、病院勤務時代にも恋は多かったが、恋は苦しいが,そこまでだから罪はなかろう。患者さんに恋をしてはいけない。八千草薫そっくりの僧帽弁閉鎖不全症の女性には苦労した。私は、もうプロの医師であり、胸の聴診も、心電図測定、超音波撮影、ベテランである。恋が邪魔をした。毎日の聴診さえ大変である。彼女も心臓カテーテル検査の日がやってきた。苦しい検査である。彼女はわしの手を握り締めてきた。「助けて!」しかし、検査は無事終了、治療方針も固まり、退院が近づいてきた。私も転勤が知らされていた。ある誰もいない外来に彼女は立っていた。「ご転勤されるのですね」「あなたも無事退院でよかったですね。」「もう逢えないのですか?」無言で下を向いた。恋は平成元年に開業して以来、スタッフや患者さんに続行したが苦しむだけである。恋は一生続行するだろう。もうお爺さんとなった今、恋は縁遠くなった。当分、恋と医学と、医師の仕事は両立していかねばならない。(完)

投稿者: 大橋医院

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