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2022.02.24更新

エビデンスレベルの高い漢方薬の処方
 RCTなどが多数行われ、エビデンスレベルが高いと言える漢方薬の処方の代表例として、新井氏は、「術後イレウスに対する大建中湯(ダイケンチュウトウ)」、「認知症の行動・心理症状(BPSD)に対する抑肝散(ヨクカンサン)」、「機能性ディスペプシアに対する六君子湯(リックンシトウ)」の3つを挙げる。以下で、これらの3つの処方のエビデンスについて詳しく見ていこう。

術後イレウスに対する大建中湯
メタアナリシスで有効性を確認
 大建中湯は、山椒(サンショウ)、人参(ニンジン)、乾姜(カンキョウ)、膠飴(コウイ)の生薬から成る。もともとは冷えによる腹痛や、膨満感に対して用いられる漢方薬だが、使用量はあまり多くなかった。「ところが術後イレウスに大建中湯を使うと、よく効くことが分かりました。そこから口コミで情報が伝わって、論文が出る前から、かなり使われるようになったのです」(新井氏)。そして1988年以降、術後イレウスに対する大建中湯の有効性が論文で報告されるようになり、1990年代半ば以降になると、RCTによる報告も数多くなされるようになった。

 2017年には、消化器がんの手術を受けた患者1134人を対象にしたメタアナリシスが行われ、大建中湯の投与群は、非投与群に比べて術後イレウスの発生率が有意に減少したこと(相対リスク=0.58、95%CI 0.35-0.97、p=0.04、I2=48%)が報告された(Anticancer Res. 2017; 37: 5967-5974.)。このように術後イレウスに対する有効性が分かってきたことにより、大建中湯の使用量は爆発的に増えていき、今では日本で最も使用量の多い漢方薬の一つとなっている。「現在、ほとんど全ての大病院で、手術時の標準治療の中に入っています」(新井氏)

便秘に対するエビデンスは多くない
 ただし、新井氏によると、大建中湯をイレウス予防に用いることを推奨している診療ガイドラインは見当たらないという。また、便秘に対して大建中湯が推奨されている例はあるが、便秘に対するエビデンスはイレウスほど多くはないそうだ。

 大建中湯のイレウスに対する作用機序についても研究が進んでおり、山椒の成分であるヒドロキシ-α-サンショオールと、乾姜の成分である6-ショウガオールなどによる腸管血流増加作用や腸管運動促進作用などが動物実験で確かめられている。

認知症の行動・心理症状に対する抑肝散
“夜泣きの薬”の興奮を抑える作用を応用
 抑肝散は、当帰(トウキ)、 釣藤鈎(チョウトウコウ)、川芎(センキュウ)、蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、柴胡(サイコ)、甘草(カンゾウ)から成る。もともと子どもの夜泣きや「疳の虫」を抑える薬として使われてきたが、新井氏によると、小さい子どもに対する臨床試験が難しいこともあり、これらに対するRCTによるエビデンスはないそうだ。

 2005年、抑肝散の「精神を鎮める」という作用に注目し、認知症の行動・心理症状(BPSD)に対するRCTが初めて行われ、その有効性が確認された(J Clin Psychiatry. 2005 ; 66: 248-252.)。その後もBPSDに対する抑肝散のRCTが多数行われ、エビデンスが積み重ねられているという。『認知症疾患診療ガイドライン2017』では、抑肝散は、焦燥性興奮や幻覚・妄想などに対して「『実施する』ことを提案する」とされている。また抑肝散は、認知症のBPSD以外にも、治療抵抗性の統合失調症、心臓大血管手術後せん妄についても、RCTによって有効性が示されている。

 BPSDには、暴力、徘徊などの行動症状、抑うつ、幻覚などの心理症状がある。「抑肝散は、BPSDのうち、興奮性の症状に効きます。鎮静効果のある薬は他にもたくさんありますが、非定型性の抗精神病薬の場合、効き過ぎるとつまずいて転ぶことがあります。一方で、抑肝散では、ほとんどそのようなことはありません」(新井氏)

 抑肝散の作用機序については、興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸の放出抑制、アストロサイトによるグルタミン酸の取り込みの改善、セロトニン神経系の興奮抑制の作用が動物実験で確かめられている。

機能性ディスペプシアに対する六君子湯
ガイドラインでは使用を推奨
 六君子湯は、人参、蒼朮、茯苓、半夏(ハンゲ)、陳皮(チンピ)、大棗(タイソウ)、甘草、 生姜(ショウキョウ)から成る。胃腸虚弱、食欲不振、消化不良、胃痛などに用いられてきた漢方薬だ。上部消化管の疾患に使われる漢方薬には他にも、茯苓飲、半夏瀉心湯(ハンゲシャシントウ)、人参湯(ニンジントウ)など多数あるが、RCTなどによるエビデンスは六君子湯が最も多い。

 近年注目されているのは、炎症などの器質的異常が見られないのに、胃痛や胃もたれなどの症状が見られる機能性ディスペプシア(FD)への六君子湯の有効性で、多数のRCTによってその効果が確かめられている。それを受け、『機能性消化管疾患診療ガイドライン2021-機能性ディスペプシア(FD)』では、六君子湯をFDに対し、「使用することを推奨する」としている。

 FDに対するエビデンス量には劣るが、胃食道逆流症(GERD)についてもRCTによる有効性の報告がある。GERDにはプロトンポンプ阻害薬(PPI)が使われることが多いが、PPI単独では効果が十分でない場合などに、六君子湯が併用されることがある。

 六君子湯の作用機序については、胃適応性弛緩による胃の貯留能改善、胃の排出能改善、食欲亢進ホルモンであるグレリンの分泌を促す作用などが動物実験で確かめられている。

投稿者: 大橋医院

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