大橋院長の為になるブログ

2022.01.24更新

 『クラスター 五輪の夏の墓標』(一粒書房)。その帯には『想像を超える悲劇は静かに始まった』との文字が躍る。著者は診療所やグループホームなどを経営する医療法人理事長で医師の村澤武彦氏だ(ペンネーム)。自身の実体験を基に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のクラスターの惨状を克明につづった小説だ。

 「文学賞に応募し、受賞したら出版」という心づもりだったが、「第6波の急激な感染拡大を前に、選考失格を覚悟の上で緊急自費出版した。医療介護の現場で起きるクラスターの悲惨さを国民に広く伝えたかった」と語る。クラスター発生の経営的なダメージは続き、いまだ風評被害の懸念も残る中、自費出版に踏み切った思いを村澤氏にお聞きした(2022年1月17日にオンラインでインタビュー。全2回の連載)。

――当初、文学賞に応募する予定だったものの、緊急的に自費出版に切り替えたとのことです。

 知り合いのある作家から、「とにかく文学賞を取らないと、小説家としてやっていけない」と指摘されていたのです。小説を書き始めたのが2021年8月のお盆頃。それから2カ月ほどかけて原稿用紙にして約600枚分書きました。けれども、10月に応募した文学賞の結果が出るのは4月。そこで受賞しても出版までには半年、1年かかるでしょう。第6波が来ることも想定される中、それでは意味がないと考えるようになり、「もっと早く出版にこぎ着けることができる賞を」と探して別の賞への応募に切り替えましたが、そもそも受賞できる保証はありません。

 「小説家になりたい訳ではない。今回の経験をとにかく世間に知ってもらうことが僕の役割」

 そう考え、一番早く自費出版してくれそうなところを探して、原稿を送ったところ、そこの社長が「一晩で一気に読み上げた。とにかくこれはすごい」と評価してくださった。本が完成したのは1月11日、僕の手元に届いたのが1月12日です。

――先生のグループホームでクラスターが発生したのが、ほぼ1年前。その後、先生ご自身が新型コロナに罹患し、入院されています。クラスターの収束まで約50日とのことです。何らかの形で記録に残すことを考え始めたのはいつ頃なのでしょうか。

 小説の中でも2カ所書いていますが、最初はクラスターが収まりかけた頃が最初です。収束後、保健所には事実関係を詳細にまとめた資料を提出したのですが反応はなく、改めて事実を伝えなければと思ったのが2回目です。

 僕は入所者や職員に多数の感染者が出たグループホームの経営者として、逃げ場のない環境で職員と一緒に新型コロナと闘った。その過程で自分自身が新型コロナに罹患して入院。しかも、高齢の父を新型コロナで亡くして、死に目には会えませんでした。実にいろいろな立場を経験しています。新型コロナを題材とした小説は他にもありますが、いくら取材を重ねても、今回の僕が経験したことの全てを分かり得ないでしょう。僕でなければ書けないこと、伝えられないことがある――。何らかの形で記録として残す必要があると考えたのです。

――グループホームでは、感染者を施設内で対応するのは難しい。

 一口に介護施設と言っても、その種類はさまざまです。老人保健施設や特別養護老人ホームは、スペース的に余裕があり、感染者が出ても施設内での隔離は可能でしょう。常勤医や嘱託医、看護師などもいます。

 これに対して、グループホームには、もともと医師や看護師はおらず、認知症でマスクを着けるのを嫌がったり、徘徊したりする高齢者がいるわけです。それでも感染者が見つかっても、行政からは「施設内で診てください」「患者さんが死にそうになったら、連絡をください。入院先を探しますから」などと言われてしまった。ホーム内では各種検査やモニターなどはなく、多人数への酸素投与やできる治療法もなく、ただただ見守る以外になかった。

 職員も感染したり、濃厚接触者になったりして、1人、2人と離脱していく。行政から紹介されたところに依頼しても応援には来てもらえない。少ない職員で食事を含め生活全てを支えなければいけない。お弁当を頼んでも、グループホームには直接届けてくれない。トイレが壊れても、業者は感染を恐れて直しには来てくれない――。本当に逃げ場がなく、誰も助けてくれない悲惨な窮状に陥っても、働き続けなければいけない職員も、あくまで一市民。専門的なトレーニングを受けた自衛官とは違います。僕は経営者として「職員を守りたい」と思う一方、リスクを感じながらも仕事を続けてもらわなければいけなかったのです。

 僕は新型コロナの感染が始まった2020年当初は、メディアなどでも感染対策について解説していたりしていました。そのとき、「患者が一人でも出たら、グループホームは全滅しかねません」などと感染の怖さも語っていました。その懸念が、まさに自分の施設で現実のものになってしまったのです。

 確かに新型コロナの重点医療機関で重症患者を診るのは大変なことです。しかし、対象とするのは既に新型コロナと診断が付いている人。それに対し、介護施設などでの感染は、感染源は分からず、静かに始まり、気づいた時にはあっという間に広がってしまう怖さがあります。その上、医療機関には新型コロナ対策の各種の補助金がありますが、介護施設にはないという違いもあります。

 人も、お金も出さないが、新型コロナの患者は施設内で診てほしい――。いったん新型コロナのクラスターが発生したら、グループホームなどの介護施設は、厳しい状況に置かれることを、政治家も、行政も、医療者も、市民の方々も、実はご存じではないでしょう。政治家や行政には、実際に現場で起きていることを理解した上で、本当に弱い立場にある人を守ってほしいということです。

 僕はワクチン接種が進み、新型コロナの治療薬が使えるようになった今、オミクロン株の感染であっても、社会活動を止めるべきとは思っていません。しかし、要介護者や透析を受けている人など、「弱い存在」はなかなか世間には気づかれにくい。ぜひとも本書を読んで、その存在に思いをはせて、日頃の行動に気を付けていただきたいということを訴えたい。

――先生の診療所から派遣した看護師3人のほか、先生ご自身も感染してしまった――。

 当法人の診療所やグループホームの感染対策のレベルは、むしろ高い方だと思います。それでもちょっとしたことで感染してしまうのが、新型コロナの怖さです。うちの特殊な事情ではなく、どこでも起こり得ることなのです。

 僕の場合、クラスター発生後、グループホームに入ったのは実は数回だけ。恐らく感染したのは、入所中の父が新型コロナと診断される数時間前に会った時だと思います。眼鏡をかけているためにゴーグルはしていなかったものの、それ以外の全ての予防策を取り、診察していました。ただ、父が2度立て続けに咳をした時、微細な唾液がフェースガードの隙間から入り込んできたように感じました。それで目から感染したのかもしれません。

――では今後、グループホームでクラスターが発生した場合、どんな支援があり、どう対応すればいいとお考えでしょうか。認知症高齢者は、環境が変わると認知症自体が悪化するとの指摘もあります。

 当初、病院から受け入れが断られるのは、「介護する能力がないから」という理由でしたが、僕のグループホームで感染者や死亡者が相次いだ後は、入院を受け入れてくれるようになりました。しかし、認知症が悪化したとかなどの連絡は受けていません。そもそも新型コロナで呼吸器症状が出ている中で、徘徊するといった元気すらなくなっていたのです。

 一方で、グループホームなどの介護施設には「医療を提供する能力」はありません。介護施設では、一人でも陽性者が発生したら、まずは入院させることです。確かに今はオミクロン株に置き換わり、重症化率は低くなっていますが、今でもこの点は変わらないと思います。

 さらに保健所や医療機関は仲間であり、一緒に闘うという姿勢が必要。僕も最初、「保健所はなんて冷たいんだろう」と思ったこともあります。しかし、保健所は保健所なりに頑張っていて、こちらが依頼しても対応できなかったのは、それが限界だったことに早々に気づきました。医療機関同士も、「患者さんを受け入れてくれない」とかお互いに恨み事を言いがちですが、そんなことを言っている場合ではありません。お互いに仲間として情報共有などもしつつ、高め合い、対応していくことが必要です。

 マスコミの姿勢も見直してもらいたい。医療批判ばかりしないでいただきたい。確かにごく一部には新型コロナ対応に消極的な人がいますが、大多数の人は家族も顧みずに、クラスターが発生してもそこから逃げずに頑張っている現実をぜひ見ていただきたい。

 今の日本の医療現場は本当にギリギリのところで仕事をしているので、クラスターが発生して職員が1人でも欠けたら、対応できる余裕がなくなってしまいます。警察、消防、自衛隊などは有事に備えて、平時からトレーニングしたりしています。それと同じ考え方で、中長期的には、感染症対応などに特化した自衛隊医官をつくり、普段はトレーニングや海外支援をしながら、国内でクラスターが発生した医療機関に支援に入る仕組みなども必要です。大規模なクラスターを経験してみて、本当に欲しかったのは、人的緊急支援でした。

投稿者: 大橋医院

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