大橋院長の為になるブログ

2022.01.18更新

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、妊産婦にも多大な影響を与えている。妊娠中の感染に対する不安や、ワクチンの胎児への影響に対する不安などを抱えながら、妊産婦たちは出産という人生の一大イベントに臨んできた。「withコロナ時代の医療2021◆産婦人科編」では、日本赤十字社医療センター第一産婦人科部長である木戸道子氏に話を聞いた。第1回は、産婦人科におけるCOVID-19の影響について。(聞き手・まとめ:m3.com編集部・髙嶋秀行/2021年11月18日取材、全3回連載)

コロナ禍での出産
入院できず自宅出産で赤ちゃんが亡くなったニュースに心を痛めた
――2020年と比較して、2021年のCOVID-19との関わり方について、何か変化はありましたか。

 個人的には昨年(2020年)同様、旅行や外食を控えるなど、自粛生活にはほとんど大きな変わりはありませんでした。ただ、やはり去年との違いとしては、東京では第5波の影響がかなり深刻でしたね。

 当院では、周産母子・小児センター長でもある宮内彰人副院長が病院全体の感染対策室の室長も務めています。副院長はかなり多くの業務を担っており、搬送の調整業務や、実際にCOVID-19陽性の方の帝王切開を行うなど、病院全体と産科の双方でリーダーとして大変だったと思います。

 災害医療体制となって産科にも専用病床をつくり、そこで呼吸器や感染症の専門医の先生と協働して治療を行いました。赤十字病院には、任務として「災害医療の対応」があります。COVID-19も一種の災害ですから、そういう意味で当院で対応するのは自然な流れでした。

――2021年のCOVID-19に関する国内外の動きで、一番印象に残ったことは何でしょうか。

 首都圏においては第5波で病床が逼迫したことです。千葉県で新型コロナウイルス陽性の妊婦の方が入院できなくて、自宅で早産したという報道がありました。その報道には産科医としてとても心を痛めました。搬送体制や情報共有が不十分で、その方がずっと不安な気持ちの中で自宅で陣痛に耐え、早産で赤ちゃんが亡くなったのは、本当にお気の毒だったと思いますし、医療の無力感がありました。

 当院でも、もともと呼吸器の合併症があるところに感染して重症化し、出産後も改善せず、転院先で残念ながら亡くなった方がいらっしゃいました。生まれたばかりの赤ちゃんと、まだ小さい上のお子さんを残して亡くなり、母親としてすごくつらかっただろうと、心残りだっただろうと、自分も母親の立場としてお気持ちを想像するだけでもつらいことです。せっかく新たな命を授かった方が、たまたまコロナ禍だったことで不幸な転帰となったことは、あまりにも不運です。

妊婦は分娩時もマスクを着用
――妊婦の方はコロナ禍でも、妊婦健診で病院に通う必要があるので大変ですね。

 当院ではコロナ禍の前から「セミオープンシステム」といって、当院で分娩予定の方も普段はご自宅の近くのクリニックで妊婦健診を受けることができるシステムを採用しており、多くの妊婦さんにご利用いただいています。救急時や分娩が近くなったら、大きな病院で対応する仕組みであり、既に全国各地でも行われています。そのような体制でしたので、コロナ禍でも、妊産婦さんはわざわざ交通機関を利用して大きな病院に毎回行かなくて済み、安心できたのではないかと思います。

 セミオープンシステムは、働き方改革にもつながります。外来対応する医師の人数を削減でき、交代勤務や当直明けに早く帰る仕組みが導入しやすくなります。クリニックと病院の役割分担で、クリニックでのきめ細やかな対応、アクセスなどの良さを生かせて妊産婦にも好評です。

――コロナ禍において、産婦人科ではどのような対応をされてきたのでしょうか。

 新型コロナウイルスによって万一、クラスターが発生し、スタッフにも感染すると、人員が不足して業務に支障が出ます。ですから少しでも体調が悪いスタッフがいれば、早めに休ませなければなりません。医療者は新型コロナウイルス感染が始まった当初から、「ユニバーサル・プリコーション」、つまり全ての方に対して、「感染している可能性がある」と考え、マスクやゴーグルなどを着けて診療を行っています。分娩時には妊婦さんも全員、マスクをしていただいています。息が上がるつらい時期で、余計に苦しくはなりますが、ほとんどの病院で同様の対応だと思います。

 当院では分娩や帝王切開においてパートナーの立ち会いを今も行っていますが、コロナ禍では立ち会いを行わない施設がほとんどです。産婦が出産を独りで迎えなければならないことは、出産は妊娠から始まる2人の営みであるという原点に立てば、本来望ましくないことです。できるだけ感染防止に注意しつつ、パートナーと一緒に子どもを迎える形に戻していくことを考えるべきだと思います。

 コロナ禍においては、母親学級などもほとんどの施設や自治体で中止になっており、他の妊婦さんともあまり交流できません。出産後、自宅に帰っても実家の母親など家族に手伝いに来てもらうことも難しいですし、本当に妊産婦さんたちは厳しい状況に置かれています。

コロナ陽性の場合は原則、帝王切開の病院も
――新型コロナウイルス陽性の妊婦さんの場合、分娩の際の激しい呼吸による感染の防止などのため、経腟分娩が可能でも原則、帝王切開を行う病院が多いそうですね。

 そうですね。感染拡大防止のため、やむを得ない場合も多いと思われます。ただ、妊婦さんの立場からすると、コロナ陽性というだけで帝王切開になるのは、時期が悪く不運だったということで片付けられないようにも思います。

 当院でも必要な状況であれば帝王切開を行いますが、分娩までの時間がどのくらいかかるか、その間にスタッフのケアがどれくらい必要かといった状況を踏まえてチームで相談し、分娩方針を考えます。例えば、経産婦さんで比較的分娩まで時間がかかりそうもなく、順調に進行する見通しの場合は、経腟分娩となるようサポートしています。実際、コロナ陽性の方でも、下から産んだ方もいらっしゃいます。

――なかなか判断が難しい問題ですね。

 もしクラスターが出て、病棟閉鎖や業務縮小を余儀なくされると、結局は妊産婦さんの行き場がなくなり困ってしまいます。母体搬送や母体救命対応も行う周産期センターが万一業務停止になったら、地域の周産期医療全体に大きな影響が出かねません。管理の面からいうと、感染拡大防止のためのさまざまな対策は、個別のケースのためだけではなく、全体のシステムを守るという視点からも必要です。

――出産後、母親が新型コロナウイルスに感染している場合、母子同室は避けられる傾向にあるそうですね。

 お母さんが陽性の場合や濃厚接触者の場合、同じ部屋で一緒にいる間に赤ちゃんに感染することもあり得るので、一定の隔離期間が過ぎるまでは赤ちゃんは新生児室で隔離し、その間は直接は会えません。

――その間は、赤ちゃんとお母さんが離れてしまうことになりますね。

 母子分離にならざるを得ません。産んでも赤ちゃんに会えないというのは、母子双方にとってつらいことですが、写真を撮ってお見せし、様子を日々伝えるなど、愛着を持って良い母子の絆ができるよう、できるだけのサポートをしています。

 母乳にウイルスが移行して感染を起こすという報告は今のところなく、逆に、母体の抗体が母乳を通じて赤ちゃんの感染や重症化を予防するともいわれています。ウイルスが付着しないよう注意して清潔に搾った母乳をあげることにはメリットがあります。お母さんが直接会えなくても、「赤ちゃんのために自分ができること」として搾乳をし、赤ちゃんに想いを届ける、そして隔離期間が過ぎれば直接授乳もできるようになるので、そのときに母乳がよく出る状態にすることで、育児に向けてよいスタートが切れます。

――コロナ禍では、妊産婦さんはよりナーバスになって、産後うつなどが助長されたのではないでしょうか。

 それは十分あり得ると思います。妊娠するだけでも、自分の体は変わっていき、生活、働き方、いろいろと変わっていくことに妊婦さんは対応しなければならなくなります。働く妊婦さんにとっては、保育園入園ができるかどうかも大問題で、女性は妊娠によって生活の基盤、その後の人生の方向性まで変わってしまうこともあります。

 そういった不安に加え、さらにコロナのこと、赤ちゃんや自分の感染の可能性も心配ですし、妊婦健診でパートナーと一緒に胎児の超音波画像を楽しむ機会もなくなってしまい、妊産婦さんの不安はもう何重にも増えたんじゃないかと思います。医療側にその不安を受け止めるだけの余裕がないまま、これまでコロナ禍で多くの制限が行われてきました。しかし、ここで一度現状を見つめ直し、妊婦さんの不安をサポートできるよう、まずは妊婦さんの声を丁寧に聞き、さまざまな意見を取り入れて、妊娠中から産後までの息の長いサポート体制のより良い在り方を行政とともに考えるべきだと思います。

ワクチン接種に対する不安を抱える妊婦
「情報は提供するが、接種の押し付けはしない」
――コロナワクチンに対して、妊婦さんの中には、胎児への影響などを懸念して受けたくない、という方も多かったのではないでしょうか。

 積極的に接種を受けたいという方もいれば、「いろいろ心配だから私は受けません」という方もいます。「接種を受けないことで何か不利益はありますか?」というご質問は、外来でよくお受けすることがありますね。

――コロナワクチンを受けたくないという妊婦さんには、どのような対応をされているのですか。

 ワクチン接種に関して記載してある日本産科婦人科学会のホームページをご紹介して、見ていただくなどしています。接種するかしないかはあくまでも個人の考えなので、「こういう情報がありますが、意思決定するのはご自身です」という形で、医療者側の考え方や価値観を押し付けることは基本的にはしていません。ワクチンの長期的な影響についてまだエビデンスがない中で、「接種は控えたい」という方も一定数いらっしゃるのが現状です。

投稿者: 大橋医院

SEARCH

ARCHIVE

CATEGORY