大橋院長の為になるブログ

2021.12.15更新

 米国心臓協会(American Heart Association:AHA)の年次学会Scientific Sessionが、2021年11月13日から3日間にわたって開催された(以下AHA21)。当初は対面での現地開催も計画されていたようだが、最終的にはCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の影響のため、2020年に続きオンラインでの開催となった。本稿では、AHA21の中から筆者が注目した演題を取り上げ、全体としての印象と合わせて紹介する。

症状に特化した新たな冠動脈疾患の診断ガイドライン、要点は6つ
Chest Pain Guidelines(CS.ME.495)
 AHA21の中で筆者が最も注目したセッションである。AHA21に先行する形で10月下旬にGuideline for the Evaluation and Diagnosis of Chest Pain1)がオンラインで開示された。これまで米国における冠動脈疾患の診断ガイドラインは2012年に発表された『Guideline for the Diagnosis and Management of Patients with Stable Ischemic Heart Disease』2)であった。これまでに幾つかのマイナーチェンジはあったものの、実に9年ぶりに大きく刷新されることとなった。

 内容の全てを紹介することは紙幅の関係で難しいが、要点は以下の通りである。

1) 冠動脈疾患のみならず胸痛という症状に主眼が置かれている
2) 非典型的(atypical)胸痛という表現に警鐘を鳴らす
3) リスク層別化において低リスクの場合には検査が推奨されない
4) 新たな検査前確率の提唱
5) 新たな非侵襲的検査および侵襲的検査の推奨
6) 非閉塞性冠動脈疾患を含めた新たな冠動脈疾患の定義
 演題では、ガイドライン策定に関わった医師らが、ガイドラインの要点を解説し、今後の展望や視聴者からの質問に答えていた。新たなガイドラインの内容を理解するに当たり充実した内容であった。

ISCHEMIA試験後の安定冠動脈疾患の治療はどうなる?
Managing Stable Cad in a Post-Ischemia World(AC.ME.487)
 2019年のAHAでISCHEMIA試験3)が発表されて以後、侵襲的冠動脈血行再建術について、対象となる患者、実施すべきタイミングなど多くの議論が巻き起こることとなった。この演題では、Stone医師など各領域の専門家らが現時点における安定冠動脈疾患の治療方針について活発な議論を展開した。印象的であったのは、血管内超音波をはじめとする冠動脈イメージングが、冠動脈血行再建術の対象者やその実施時期の最適化に有効ではないか、という論調であった。

 前述した診断ガイドラインの改訂に続き、血行再建のガイドライン改訂が間近であることも言及されていた。冠動脈疾患の管理が「症状があり心筋虚血があれば血行再建」という単純なものから「リスク層別化と共有意思決定(shared-decision making)を経た最適な治療選択」に移り変わるということを印象付けた。

無症状大動脈弁狭窄症への早期介入、僧帽弁手術+三尖弁形成術の根拠
Late Breaking Science Session 1: Valve, Veins and New Viewpoints in Cardiothoracic Surgery(LBS.01)
 AHA21などの大規模な国際学会の醍醐味の一つがLate Breaking Sessionである。大規模な国際共同前向き試験が発表され、同時に一流誌に掲載されることも多い学会の花形である。ここからは2つの研究を取り上げたい。

 まずは、心機能の保たれた低リスクの無症状大動脈弁狭窄症を対象として外科的大動脈弁置換術の安全性と有効性を検証したAvatar試験である。欧州の7施設から患者157例を早期介入群とガイドラインに準じる治療群の2群に割り付けたランダム化比較試験である。結果としては、早期介入群の方が従来群よりも、総死亡を含めた複合評価項目の発生が有意に少ないことが示された。この試験は、無症状大動脈弁狭窄症に対する早期外科的介入の有効性を示した初めてのランダム化比較試験であり、意義深い。今後、類似のエビデンスが発表されれば、少なからず臨床ガイドラインに影響を及ぼすことが予想される。なお、本試験の詳細はCirculation誌に公表されている4)。

 次に、僧帽弁手術に加えて三尖弁形成術を実施することの影響を検証した試験である。34施設から僧帽弁手術を予定されている中等度以上の三尖弁逆流もしくは三尖弁弁輪径拡大(40mm以上)の患者401例を僧帽弁手術単独群と僧帽弁手術および三尖弁形成術実施群の2群に割り付けたランダム化比較試験である。主要評価項目とした総死亡を含めた術後2年間の複合イベントの発生率は、三尖弁形成術を加えた方が僧帽弁手術単独より低かったが、その多くは三尖弁逆流の増悪が抑制されたことに起因し、総死亡率単独では有意な差が認められなかった。また、三尖弁形成術群では、恒久的心臓ペースメーカの植え込みが有意に増加する結果であった。僧帽弁手術と同時に三尖弁形成術を施行することは日常臨床でしばしば経験することであるが、これまで確固たるエビデンスが存在していなかったことは驚きであった。三尖弁に対する治療介入として、外科的手術に加えて経カテーテル的三尖弁形成術および置換術が注目されている。今後三尖弁領域の治療が発展する上では、このようなエビデンスの蓄積が不可欠である。なお、試験の詳細はNew England Journal of Medicine誌に公表されている5)。

非糖尿病を含む急性心不全患者でもSGLT2阻害薬の効果確認
Late Breaking Science Session 5: Building on the Foundations of Treatment: Advances in Heart Failure Therapy(LBS.05)
 最後に、心不全関連の演題を取り上げる。Late Breaking Sessionの中で発表されたEMPULSE試験である。この試験は、初発の急性心不全または慢性心不全の急性増悪で入院した患者を対象にSGLT2阻害薬エンパグリフロジンの安全性と有効性を検証したランダム化比較試験である。日本を含むアジア、北米、欧州の施設から患者530例を登録し、入院後24時間から5日以内に、エンパグリフロジン投与群とプラセボ群の2群に割り付けた。主要評価項目は、入院後90日時点の総死亡を含む複合イベントの発生率であり、個別イベントごとに両群の発生率を比較するwin ratioという指標が用いられた。

 その結果、総死亡率、心不全イベント発現率など、いずれでもエンパグリフロジン群の方が良好な結果であったことが示された。ポイントとしては、対象患者が糖尿病の有無や左室駆出率を問わず設定されたことであり、特に非糖尿病を含む急性心不全患者でSGLT2阻害薬の効果を検証した初めてのランダム化比較試験となった。これまで慢性心不全に対するエビデンスが多く発表されてきたSGLT2阻害薬であるが、急性心不全に対する効果も明らかになりつつある。心不全診療におけるSGLT2阻害薬の最終的な位置付けはどこになるのだろうか。まだまだ注目すべき薬剤である。

最後に
 AHA21の全体を通しての総評だが、個人的に9月から渡米したこともあり、初めて時差に悩まされずに参加できた学会であった。昨今では欧州心臓病学会の規模が大きくなり、またCOVID-19のパンデミック以後はなかなか参加できていないという読者の先生方も多いのではないだろうか。しかし、本稿でわずかながら紹介したように、ガイドラインの改定や近年のエビデンスを踏まえての展望、新たな臨床試験の発表など、パンデミックの中にあっても世界の循環器領域が力強く前進していることが実感できる学会であった。「それでも世界は前進し続ける」その内容が本稿によって少しでも読者の皆様に届くことを願って筆を置かせていただく。

(了)

投稿者: 大橋医院

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