コロナ禍での精神面の変化;
シャムズの詳しい説明をします
さきほど、シャムズ(COVID-19/Coronavirus-induced altered mental status, CIAMS)の説明を少ししましたね。ここではさらに、シャムズとはどんなものかという詳しい話をします。
シャムズは「病名」ではないということはすでに述べました。ただし私は臨床医です。少し、医学的な面からも説明してみることにしましょう。
あ、その前に、なぜこんな私がシャムズシャムズと言うかについて、先に触れておきます。
シャムズは病名ではないと言いましたが、ちょっと嫌なのは、その人の「性質が変化している」というところなんです。
変われないのに、変わってしまった
世俗的な意味では、「変わりたい!」と願う人も多いと思います。思春期の子や大学生、若い社会人などが言っていることが多いでしょうか。あるいは年配の方でも、血糖値や血圧が上がってしまったなどして、食事習慣を変えようというのも「変わりたい」の一つですね。ダイエットを決意したり、朝型の生活習慣にして早朝に勉強しようと決心したり、タバコ・お酒をやめようと思い立ったり、というのもそうです。
でも、人はなかなか変われません。これはわかりますよね。かなり強い決心をしたはずなのに、その決意は長持ちしません。「わたし、三日坊主なんだよね」と言う人もいますが、それはみんな言っています。人は自分が変わりたいと思っても変われないものなのです。
それなのに、です。
コロナ禍にあっては、そういう一般的な認識が崩れているように思います。自分の意思かどうかはさておき、コロナの社会の中ではあっさりと発言や行動が変わってしまった人がいます。こういう内的な質の変化が容易に起きてしまう、という構造は単純に恐ろしいなと私は思うのです。
つまり、「このコロナ禍で」などと軽々しく言ってしまっているのだけれども、この状況は相当なものだと思っています。なかなか変わらないはずの人の精神の変化が、次々と起こっているようなのです。
あの、いまさらですが、私はそれなりに焦っているのです。これはよっぽどのことです。
ですが、この本を読めば大丈夫です。『シャムズ』という形で、みなさんが日常生活の中で、周りにいる身近なあの人の変調を気づいてあげることができれば、本格的に体調が悪くなってしまう前に、なんとかそれを止められるのです。
医者がこう言うとすぐみなさん身構えますが、そんな気負う必要はありません。どうすれば、どうすれば、とオロオロしますが、大丈夫です。この本で私がみなさんに提案することは、ごく簡単なことです。
荷重ではなく、精神的「加重」
シャムズの病態は、「精神的加重」です。
なんだか、いま簡単そうなことを難しく言ったかのように思えましたね。実は「加重」というのはあまり一般的に使われない言葉です。日常で使うのは「荷重」です。荷重は、単に荷物が重いだとか、心理的に荷が重い、のように使われる言葉です。
一方「加重」は、あくまでイメージではありますが、力が加わるという「作用」そのものに焦点を当てた言葉だと思います。
「精神的加重」というのは、専門用語です。この言葉は、私の後輩・教え子であり、もはや長きに亘る臨床上の知己でもある尾久守侑医師に教わりました。これから話すことも、彼の著作である「精神症状から身体疾患を見抜く」(2020年、金芳堂)という本を多分に参考にしていることをお伝えしておきます。
精神的加重とは、「身体疾患(脳の障害を含む)があると、転換性の症状が出現しやすくなるという現象」とまとめられます。
専門的な説明の仕方で続けます。身体疾患があると、軽微な認知機能障害や意識の低下を生じ、それによって通常であれば適応できていたイベントに対応できずに、転換症状を引き起こす。これが精神的加重の機序とされています。
精神的加重の理解を深めるために
では、一般の人にもわかるようにこれを解説してみましょう。
まず身体疾患というのは、そのままの意味です。身体の病気のことです。精神疾患と対比する言葉でもあります。
ただし、精神疾患という言葉も実は難しいのです。パニック障害は、突然の動悸や呼吸困難に襲われるので、出る症状はからだの症状です。うつ病も、素人目にはいかにも精神疾患だと思えてしまいますが、うつ病患者さんのほとんどにみられるのが、食欲低下や頭痛、だるさといったからだの症状です。発達障害というのも、一部は人間の脳の性質の違いであって、病的なものほど脳の器質的異常であるという言い方もできたりします。
精神の異常、精神の病気、というのはなかなかに捉え難く、存在として捉えることは容易ではないので、身体疾患を「精神疾患ではないもの」と定義するのは危険です。ほとんどの、みなさんが自覚・他覚できる健康のトラブルは、からだの病気=身体疾患と思ってもいいくらいなのです。
次に認知機能の障害という言葉を出しました。「認知」というとみなさん、すぐに「認知症」を思い出すことでしょう。今では避ける表現になりましたが、いわゆる「ぼけちゃった」という俗っぽい表現と印象で認識されていると思います。しかし、医学的には認知機能というのは広い概念で認識されています。
意識(の低下)という言葉も出てきました。意識とは、自分の外部からの刺激を受け取ること(認知機能)と、自分だけが感じられる「自分の状態」を外部に向かって表現できること(表出機能)、この両方を指します。
意識障害、意識変容というと、「気を失う」「ぼんやりしてはっきりしない」「反応が悪い」という意味で捉えられてしまうことが多いですが、それだけではありません。外からの刺激を受け入れることが少しだけできないだけで、表出(機能)はほぼ全く問題ない、という状態がありえます。これも(認識はされにくい、証明はしにくいですが)意識変容といえます。
逆に、外部からの刺激を受け取ることは問題なくできても、自分の状態を外に表現することがうまくできないという状態もありえます。
また、意識には「覚醒」と「認知」がありますが、たとえば目を開けて一見普通にしていても、少し応答にムラ・・があって、今ひとつ良好な疎通を得られない、というときも意識障害としています。意識障害というと、一般の人は「昏睡状態」と思ってしまう人が多いでしょうね。
ある人が比較的急に(昨日と違って、とか)、普段と違う反応があるときには、シャムズか? と考えるのではなく意識障害ではないかと「まず」考えましょう。なぜかというと、普通に重大な病気かもしれないからです。
シャムズにおける認知機能障害や意識の低下は、「コロナ前と違って」くらいの時間単位であり、比較的長いことが多いです。医者が気をつけたい「意識障害」というのは、さきほど述べたように「昨日と違って」とか、数日のうちに、半日で、といった明らかに急な変化で考えるものです。
一日の中で、状態に波があるようなものも、意識障害として気をつけたほうがいいことが多いです。何日も全く波がなくおんなじ状態、というのは認知機能低下と呼ぶことが多いです。