2020.09.28更新

酔歌 島崎藤村

旅と旅との君や我
君と我とのなかなれば
酔ふて袂(たもと)の歌草(うたぐさ)を
醒(さ)めての君に見せばやな

若き命も過ぎぬ間に
楽しき春は老いやすし
誰(た)が身にもてる宝ぞや
君くれなゐのかほばせは

君がまなこに涙あり
君が眉には憂愁(うれひ)あり
堅く結べるその口に
それ声も無きなげきあり

名もなき道を説くなかれ
名もなき旅を行くなかれ
甲斐(かひ)なきことをなげくより
来(きた)りて美(うま)き酒に泣け

光もあらぬ春の日の
独りさみしきものぐるひ
悲しき味の世の智恵に
老いにけらしな旅人よ

心の春の燭火(ともしび)に
若き命を照らし見よ
さくまを待たで花散らば
哀しからずや君が身は

わきめもふらで急ぎ行く
君の行衛(ゆくへ)はいづこぞや
琴花酒(ことはなさけ)のあるものを
とゞまりたまへ旅人よ》おおはし

投稿者: 大橋医院

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