2020.08.26更新

草枕 夏目漱石:

山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。

智(ち)に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

〈英語訳〉

Going up a mountain track, I fell to thinking. Approach everything rationally, and you become harsh. Pole along in the stream of emotions, and you will be swept away by the current. Give free rein to your desires, and you become uncomfortably confined. It is not a very agreeable place to live, this world of ours.

住みにくさが高(こう)じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画(え)が出来る。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降(くだ)る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊(たっと)い。おおはし 

もうどこへも行く場所がないと悟ったときに、詩や絵が生まれる。どこに越しても住みづらく、ひとが作った世界でない場所に移っても、もっと住みづらい「人でなしの国」があるばかりだろう。

それなら、この住みづらい世の中を、束の間でも住みやすい空間にする以外になく、その使命を担っているのが、詩人であり画家なのだ、と漱石は語るのです。

 

もうどこへも行く場所がないと悟ったときに、詩や絵が生まれる。どこに越しても住みづらく、ひとが作った世界でない場所に移っても、もっと住みづらい「人でなしの国」があるばかりだろう。

それなら、この住みづらい世の中を、束の間でも住みやすい空間にする以外になく、その使命を担っているのが、詩人であり画家なのだ、と漱石は語るのです。

もうどこへも行く場所がないと悟ったときに、詩や絵が生まれる。どこに越しても住みづらく、ひとが作った世界でない場所に移っても、もっと住みづらい「人でなしの国」があるばかりだろう。

それなら、この住みづらい世の中を、束の間でも住みやすい空間にする以外になく、その使命を担っているのが、詩人であり画家なのだ、と漱石は語るのです。

投稿者: 大橋医院