大橋院長の為になるブログ

2019.11.21更新

oohasi抗凝固時代の新しい幕開け

ビタミンK拮抗薬のワルファリンは,50年以上唯一の経口抗凝固薬として,心房細動,静脈血栓塞栓症に対し て用いられてきた.2011年よりトロンビン阻害薬のダビガトラン,Xa阻害薬のリバーロキサバン,アピキサバ ン,エドキサバンという4つの直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants:DOAC)が利用可能となり,そ の簡便性からこれらの病態に対する抗凝固薬のunderuseが改善されつつある.これらのDOACはいずれも大多数 の患者を対象としたグローバル型大規模臨床試験でその有効性,安全性が証明されている.一方で,1)日本に おけるワルファリン使用法はこれまでグローバル基準と同一でなかったこと,2)日本ではグローバルと比較し て急速に高齢化が進み,大規模臨床試験の登録基準には当てはまらない高齢者が極めて多いことなど,大規模臨 床試験の成績だけで日本の医療向上が単純に期待できるわけでなく,今後,様々な新しい課題の解決が必要である.

心房細動,そして静脈系の血栓予防という分 野で,長く“only one”として君臨してきた抗 凝固薬がワルファリンである.このビタミンK 拮抗薬であるワルファリンに対して,2011年以 降,トロンビン阻害薬のダビガトラン,Xa阻害 薬のリバーロキサバン,アピキサバン,エドキ サバンという4つの新薬が市場に登場し,抗凝 固療法は約50年ぶりに新時代に突入した.これ らは当初,新規経口抗凝固薬(novel oral anticoagulants:NOAC)と呼ばれたが,現在では直接 経 口 抗 凝 固 薬(direct oral anticoagulants: DOAC)という新名称への変更が国際血栓止血 学会より提唱されている.
 DOACは,ワルファリンの弱点であった薬効 の個人差,食物や併用薬との相互作用が少な く,安定した効果を発揮することから固定用量 での投与が可能である.このことは,一般内科 医が心房細動や静脈血栓塞栓症の診療にあたる 場面が増えた昨今の状況で,抗凝固療法の導入 を簡便に広く行うことができるという大きな利 点をもたらした.

直接経口抗凝固薬の特徴と‌ 大規模臨床試験  ワルファリンに代わるこれらの新しい抗凝固 薬は,主に心房細動患者を対象に開発された.いずれの薬物についても,心房細動の脳卒中予防を目的に10,000例を超えるグローバ ルでの大規模臨床試験が行われ)2),心房 細動の脳卒中予防に対する保険適用が認められ た.さらにXa阻害薬の三者については,静脈血 栓塞栓症の治療および二次予防目的にも保険適 用となっている.  心房細動を対象とした大規模臨床試験のメタ
アナリシスによれば,DOAC全体として ワルファリンに比較した場合,脳卒中予防とい う有効性に優れるばかりでなく,大出血という 安全性においても優れる傾向にあり,全死亡率 も有意に低下することが示されている3).この ように,DOACが有効性,安全性において優れる 主な原因は,出血性脳卒中の抑制,頭蓋内出血の抑制である.脳には第VII因子が豊富に含ま れ,これが頭蓋内出血に対して防御していると 考えられているが,ワルファリンはこの第VII因 子産生を抑制するのに対して,いずれのDOAC もこの第VII因子には影響を与えない.  一方で,DOACを用いた大規模臨床試験は,そ の効果・安全性がワルファリン群とのハザード 比によって表されていることには注意が必要で ある.例えば,図1には,そのハザード比が各 試験別に示されているが,ここからそれぞれの DOACの効果・安全性を間接比較することは妥 当でない.これは,1)対象となった患者集団 の背景が異なる,2)ワルファリン群における ワルファリンコントロールの質が異なる,3)解 析方法が異なる,などの理由による.特に,日 本人にとっては,2)の問題が,試験結果をそ のまま日常臨床に応用することを難しくしてい る.日本人を含むアジア人では,ワルファリン 投与に伴う頭蓋内出血の頻度が高いことから, 日常臨床ではPT-INRのターゲットを2.0付近と することが多い.しかし,DOACを用いた大規模 臨床試験では,ワルファリン群の目標PT-INRは
2.0~3.0とされ,比較対象とされたワルファリ ン群のアウトカムは,日本人が日常臨床で行っ ているワルファリン療法とは異なる.このよう なことから,私たちの前には,大規模臨床試験 で効果・安全性が示された4つのDOACが利用可 能ではあるが,これだけでそのまま日本の日常 臨床に幅広く応用できるとするには問題が多い.
2.DOAC導入の日常臨床への影響  DOACの導入により,日本人の心房細動診療 がどのように変化したかという課題について, 循環器内科の立場から2つの報告がなされてい る.心臓血管研究所では,2004年より病院初診 患者を全て登録する病院型のコホート研究 (Shinken Database)を行っている.この観察研 究から,DOAC導入がなされた2010~2012年度 に初診患者として受診した心房細動患者に対す る抗凝固療法施行率,初診後3年間の心血管イ ベント発症率が判明している4).心房細動初診患者における抗凝固療法 施行率は,DOACが利用可能となる以前の2007~2009年の3年間に比べ,2010~2012年で顕 著に増加していることがわかる.同時期に用い られた抗凝固療法は,およそ半分がワルファリ ン,残り半分がDOACであり,DOACが抗凝固療 法の普及を促したといえる.この間,初診後3 年間の患者アウトカムを検討すると,統計学的 には有意ではないものの,脳梗塞の発生率が低 下した一方で,入院を要する大出血が増加する という傾向にあった.  J-RHYTHM Registry 2 studyは,ワルファリン 時代に登録された心房細動患者を対象に研究期 間を延長して経過観察したレジストリー研究で
ある5).本研究では,当初,ワルファリンが投 与されていた患者のうち,約20%弱の患者で経 過中にワルファリンがDOACに変更されてい た.5年間の観察で生じたイベントを 最終投薬内容別に比較したオッズ比を示す. CHA2DS2-VAScを構成する要素で補正したうえ でも,最終的なDOAC投与例では,イベント発症 率が低下していた.  このような2つの実態研究は,DOACが当初果 たした役割を大局的に叙述できているものの, その解釈には注意が必要である.いずれの研究 も観察研究であることから,DOACが投与された患者の背景は,年齢が若く,背景因子が複雑 でないという特徴をもっている.つまり,現時 点では,患者背景が複雑でない比較的若年者に DOACが投与される傾向にあり,その意味で患 者アウトカムの改善がみられているという解釈 が妥当と思われる.実際に,Shinken Database では,CHADS2スコア,HAS-BLEDスコアの高い 高リスク患者では,ワルファリン単独の時代よ り大出血が増加するというトレンドも観察され ている.
3.今後の課題  DOACの歴史は短く,これから解決すべき課 題が多いことは,同じ抗凝固薬であるワルファ リンが歩んできた歴史と同様である.ここで は,大きく3つの課題を記しておきたい.  第一の課題は,集団と個人のギャップという 課題である.この課題は,DOACのもたらす効果 の甚大性,副作用の重篤性から,他の薬物に比 べ,より大きな医療課題といえる.大規模臨床 試験で得られた集団データは,全ての患者個人 に当てはまるわけでない.特に,患者背景が複 雑である場合,抗血小板薬服用など出血リスク 因子を多数有する場合など,有効性と安全性の バランスが患者個人によって異なる可能性が高 い.また,DOACの有効血中濃度は幅広いとはい え,その範囲から逸脱する患者がいないという わけでもない.集団データと患者個人のギャッ プを埋める手段がないというDOAC特有の欠点 は知っておく必要がある.  第二に,心房細動患者の多くは高齢者であ り,歯科的処置,内視鏡的処置,小・大手術な どの出血を伴う侵襲的な処置を受ける頻度が高 く,その場合の具体的対策が示されていないと いう課題が挙げられる.系統立った研究がない ため,現在でも専門家のコンセンサスレベルで 休薬の要否や休薬期間が決定されている.しか し,ワルファリンで長く行われてきたヘパリン
による橋渡し療法ですら,昨今,その足元が揺 らいでいる状況である.また,高齢者という観 点からみると,最近の話題の1つにポリファー マシーが挙げられる.薬物相互作用が少ないと されてはいるが,全ての薬物について相互作用 が調べられているわけではなく,また,相互作 用が少ない薬物であっても,それらが重積した 場合の薬効については未知である.  第三の課題は,アドヒアランスである.ワル ファリンでは薬効をモニタリングできたので, 同時にアドヒアランスを強化するための患者教 育が可能であった.しかし,DOACではモニタリ ングが不要とされる半面,モニタリングする ツールが存在しないという弱点がある.このた め,患者のDOAC服用状況を医療者側は把握で きない.実際に,DOACの服薬状況は医療者が想 像するほど良好ではなく,怠薬による血栓性イ ベントが少なからず生じている.  以上のような課題は,ある意味で高齢化社会 における薬物療法の全てにおいて当てはまる. 今後,日常臨床での経験を積みながら徐々に解 決されていくべきものであろう.
おわりに  DOACが導入され約5年が経過し,これまで underuseとされてきた心房細動患者に対する抗 凝固療法の普及率は確実に向上した.その導入 状況は,主に低リスク患者から始まり,最近に なってようやく高リスク患者にも拡大されてき たのが現状であろう.世界トップの高齢化率を 有する日本の高齢化社会では,薬物療法が果た す役割は大きい一方で,その課題も山積であ る.DOACが確立されるに伴い,抗凝固薬を用い るか用いないかという単純な課題から,高齢化 社会でいかに副作用を回避しながら抗凝固薬を 用いるかという薬物療法共通の課題を解かなけ ればいけない時代になったといえよう.



投稿者: 大橋医院

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