大橋院長の為になるブログ

2019.10.16更新

<ザピーナッツ> 大橋信昭
私は、ザ・ピーナッツは双子の歌手で、流行歌手の一組と考えていましたが、
歌詞としては天才であり、世界がまだ、1960年代の敗戦国の日本の双子歌手を見出し、ドイツ、オランダ、フランス、イギリス、に呼ばれ、現地の言葉で歌い、民衆に絶賛されました。そしてついにUSAに呼ばれ、ニューヨークで一流芸能人しか出れない番組に出たそうです。かわいい、東洋の神秘、歌が抜群にうまい、英語、言語が、日本の当時、大御所が歌っていた英語より、数段勝っていたそうです。USAでも大人気、レコードは現地の言語のまま、飛ぶように売れたそうです。よくシャボン玉ホリデーをお笑い番組と勘違いしそうですが、高尚な♪番組です。ダークダックス、中尾ミエ、伊東ゆかり、スリーファンキーヅなどが共演、楽器の勉強などもあったりして、当時の作詞、作曲家の大物もかなり出演しており高尚な番組だったのです。僕はザピーナッツを尊敬し、恋してしまいました。
・ピーナッツは本名伊藤日出代・月子の双子姉妹。1941(昭和16)年愛知県常滑市生まれ。小学生の頃NHKの合唱団に参加していたこともある彼女達はジャズに傾倒したのをきっかけに歌手を目指し、地元・名古屋のナイト・クラブなどで“伊藤シスターズ”として歌い始める。58年の夏、公演でかの地を訪れた渡辺晋(前渡辺プロ社長)率いるシックスジョーズの目にとまり、渡辺プロへスカウトされて秋に上京。社長宅へ寄宿して宮川泰(当時シックスジョーズのピアニスト)の指導のもとレッスンに励んだ。ハーモニーに磨きがかかり、満を持してのデビューは日劇の公演「第2回コーラス・パレード」のステージ。皇太子ご成婚という大イベントを間近に控えて国中が祝賀ムードに沸いていた59年2月のことであった。 渡辺プロが株式会社として正式に再スタートした59年4月30日、ザ・ピーナッツはキングレコードから「可愛い花」でレコード・デビューを果たした。その年の6月から始まったフジテレビ『ザ・ヒットパレード』にレギュラー出演。61年に日本テレビで始まった『シャボン玉ホリデー』でもピーナッツはハナ肇とクレイジー・キャッツと共に番組のメインを務める。音楽担当の宮川が作曲し、ピーナッツが歌ったテーマソングも好評を得た。二人は歌と踊りだけでなくコントにも果敢に挑み、お茶の間での人気をより一層高めてゆく。 1961年には映画「モスラ」にも出演。ピーナッツ扮する小美人が歌う「モスラのテーマ」が大きな話題となる。1963年、カヴァー曲「情熱の花」のヒットが縁でオーストリアのテレビ番組「カテリーナ・ヴァレンテ・ショー」に出演。これが、その後の海外進出のきっかけとなる。1964年、テレビ番組出演とレコーディングのため西ドイツに約一ヶ月滞在。1966年、アメリカ進出。「エド サリバン ショー」「ダニー ケイ ショー」に出演。全米にピーナッツの姿が放映される。海外での活動はその後も続き、ホノルル~サンフランシスコ~ロスアンゼルス~サンタモニカを廻るアメリカ公演(1968)の他、ドイツ、オランダ、スイス、オーストリアなどでテレビ番組出演やレコーディングを行い、外国語で歌える曲は、1000曲以上ともいわれた。 1963年「恋のバカンス」が日本レコード大賞編曲賞を受賞。1964年「ウナ・セラ・ディ東京」が日本レコード大賞作曲賞を受賞。1967年「恋のフーガ」が日本レコード大賞作詞賞を受賞。1973年日本歌謡大賞放送音楽特別賞受賞、同年、日本レコード大賞15周年記念賞受賞。1974年第3回東京音楽祭世界大会にて銀賞受賞。そして、1975年2月18日、引退を発表。同年、4月5日、NHKホールでさよなら公演。16年間に及ぶ芸能活動を完全燃焼した二人ではあったが、不世出の双子デュオの“伝説”は今なお続く。

[ザ・ピーナッツ バイオグラフィー] 1941年4月1日 愛知県常滑市に生まれる 1958年8月 〈伊藤シスターズ〉として名古屋のクラブに出演していたところを渡辺プロの渡邊晋・美佐夫妻にスカウトされる 11月 上京して渡邊宅に寄宿。宮川泰によるレッスン開始 1959年2月 日劇『第2回コーラス・パレード』で初舞台 4月 キングレコードから「可愛い花」でデビュー 6月 フジテレビ『ザ・ヒットパレード』にレギュラー出演 11月 日活映画『可愛い花』に主演 12月 『NHK紅白歌合戦』に初出場。以後74年まで連続16回出場 1960年6月 日劇『第1回ピーナッツ・ホリディ』公演 9月 名鉄ホール『ザ・ピーナッツまつり』公演 1961年6月 日本テレビ『シャボン玉ホリデー』にレギュラー出演 7月 東宝映画『モスラ』に出演 1962年8月 東宝映画『私と私』に主演 1963年1月 日劇『無責任だよ!ザ・ピーナッツ』公演 12月 「恋のバカンス」が日本レコード大賞編曲賞を受賞 オーストリアで『カテリーナ・ヴァレンテ・ショー』に出演 1964年 12月 「ウナ・セラ・ディ東京」が日本レコード大賞作曲賞を受賞 1966年4月 アメリカで『エド・サリバンショー』に出演 1967年8月 アメリカで『ダニー・ケイショー』に出演 10月 新宿コマ『お帰りなさい 世界のザ・ピーナッツ』公演 1967年6月 オランダにて『カテリーナ・ヴァレンテ・ショー』に出演 7月 ドイツ、イギリスにてレコーディング 12月 『恋のフーガ』が日本レコード大賞作詞賞を受賞 1968年 10月 アメリカ公演 1969年1月 日劇『10周年記念 ザ・ピーナッツ・フェスティバル』公演 1970年9月 産経ホール『宮川泰リサイタル』に出演 1973年6月 大阪フェスティバルホール『デビュー15周年記念リサイタル』公演 1974年6月 『第3回東京音楽祭世界大会』にて銀賞を受賞 1975年4月 NHKホール『さよならコンサート』を最後に引退おおはし

投稿者: 大橋医院

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