2018.01.12更新

「お爺ちゃん、ビールはもう駄目よ」  
 大橋信昭


 診療が終わり、いつもの癖で、ビールをキュット一杯飲もうとした。4日前から遊びに来ている、孫の長女に止められた。「お爺ちゃん、毎晩、毎晩、ビールばっかり飲んでいるから、もう駄目よ。」と。注意された。いや、参った。今日は休肝日にしよう。孫には、弱いな。「そんなに、ビールばっかり飲んでいると、お医者さんのところへ、行かなくちゃいけないよ。」あれ!「お爺さんのお仕事は何でしたか?」「郵便屋さんでしょ。」うーむ、封筒ばかり開いているから、郵便屋さんか?
 ところが、私は、ある夜、急患がやってきて、私が白衣を着て、注射器を揃えていると、「お爺ちゃん、お医者さんなの?」と驚いた顔をしていた。白衣を着て、聴診器をもって、汗まみれの毎日に、孫は、私の職業をやっと理解した。「お注射、しちゃうぞ」の声に、逃げて、姿をくらました。
 孫と、お絵かきや、数字ゲームや、追いかけっこをした。ある日曜日、大垣城公園に、出かけた。ジャングルジムに孫は、一直線であった。そこには2歳から5歳も、6歳の子も群がっている。みんな,体力差があるから、同じ行動を私の2歳の孫がしたら危険である。婿殿と集中監視である。ところが、面白い現象が起きた。ジャングルジムのトンネルの中に孫が入っていった。婿殿も続行した。体がラグビーのような体格の婿は諦めた。私も負けないくらい太っているが、そのトンネルに入ろうとした。何と無事に入れた。何度か、壁に体をぶつけたが、トンネルは、脱走した。63歳のジャングルジムのトンネル脱走事件、記録に残らないか。孫は、何回も滑り台を落下するのを繰り返した。私も、一度だけ、滑り台を落下した。太った、剥げた、お爺さんが滑り台を落下して、周囲は笑っただろう。しっかり汗をかき、帰宅し、入浴をし、食事に出かけた。食事会は、一番楽しいのである。いつも家内と二人きりで、残飯に近いものを食べているから、7人で(私、妻、次女、長女、孫二人、婿)の食事は、賑やかである。あれ嫌い、これ大好き、あースープこぼした、アンパンマンだ!あれ!次女がウンチした。早く、おむつ交換だ。大戦争である。これは私にはうれしくてしょうがない。お片づけをして、もう一度体を綺麗にし、夜、8時半から9時には就寝である。すぐに寝るはずがない。寝室から、強烈な泣き声が、応接室まで響き、婿殿が眠れるわけがない。
 楽しみは、孫二人と、私の触れ合いである。私も、すっかり、幼児の心になろうと努力する。次女とは、視線をしっかり合わせて、「パパ、ママ、ジージー、バーバー」とゆりかごを揺すりながら、でれでれの笑顔である。次女も大笑いである。長女は、「赤ずきんちゃん」を読んであげるのにはくたびれる。後は、手を合わせて、ジャンプごっこ、お互いに笑顔は絶やさない、両手の握手(おにぎり)は、熱くなる。「お爺ちゃん、ビールは、病気になっちゃうよ。」「もう飲まないよ。」嘘ばかり。そして、クスクスごっこ、笑い続けている。鬼ごっこは、あれだけ「赤ずきんちゃん」を読ませながら、鬼は怖いそうである。
 それでも、ママ、パパが一番である。それにはかなわない。可能な限りで、一杯おしゃべりをして、お遊戯を散々楽しみ、私は医師であることを忘れそうである。
 やがて、お別れの時が来た。みんなで、イチゴケーキを食べながら、大笑いが家中に響き、家内と長女が変える支度をして、玄関でお別れである。孫と熱い握手を何回もし、「バイバイ、また来てね」というと、孫は急にまじめに、「お爺さんはビールをたくさん飲んだらだめだよ!」「はーいわかりました。」苦しい答弁である。笑顔を交わしながら、彼らは実家に帰った。急に、静けさと沈黙がやってきた。
よーし、孫の成長をしっかり見るため、長生きするぞ。でも、ビールは少し飲もう。(完)

おおはし

投稿者: 大橋医院