2015.02.19更新

<小生の散歩道>

大橋信昭
 小生は、診療後、患者さんの憂いを朝から晩まで聞き続け、すっかり世俗の暗澹たる気持ちに陥ったとき、何とか乳幼児の瞳のように、心身を洗浄しようとして、愛している散歩道がある。午後7時半に、運動靴に履き替え、スポーティなズボンと上着に着替える。扉を施錠し、シャッターを閉める。昨今、押し入り強盗が多いので、ガード会社と提携し安全は確保している。急患相手に携帯を持ちつつ散歩に出なければいけない。この辺が小生の職業は、散歩さえ自由にいかない。
 さて、まず狭い道を南に向かい、すぐに市営駐車場を東に向かう。なるべく誰にも逢わずに、特に診療時間には大切な患者さんは、散歩中は極力避ける。この前の血液検査を問い詰められると、白衣を着ている時と、交感神経が同じになるからである。県道に到達すると、右折をして一気に南下する。右手は、恐ろしいほどに自動車が南や北へ、騒音を立てて行きかう。左手は商店や住宅があり、空き地もあり、この辺りは日常性に近い。一気に市民病院の六つ角を右折し、松尾芭蕉が立っている記念館へ向かう。
 この辺りになると、水門川が大垣城を囲って、小生の町の隅々まで川を経由して流れている。桜の枝が密林のように垂れ下がり、城の鑑賞の邪魔になるが美しい。すぐ北側に上に凸型の橋が架かっており、噴水も溢れ優雅なものである。城を見ていたら、籠城していた石田三成が、徳川家康が無視して、京都方面へ向かうものだから、三成は、静観に耐えきれず、慌てて城から関ヶ原へ家康を追う風景が小生の脳裏に浮かんだ。
 この松尾芭蕉記念館を見て、水門川に沿って西へ向かう。俳句記念碑がところどころにある。小生も一句考える。「日も過ぎて、川の流れに、寒風が」
出来が良くない。大垣市民は、伊吹山を恐れる。伊吹山は神様であり、あの強烈な風、雪、豪雨は息吹きと書き伊吹に書き換えられた。強烈な北北西の風が小生の体を叩く。凍てつくような風であるが、今まで歩いてきた過剰エネルギーが小生の体を温めており、小生の体温は一定となる。
 ところで、散歩に大敵は犬である。水門川の細い道に歯をむき出した、紐には繋がれている犬が、小生に向かって、吠えたてたのである。小生はバランスを失い、前に転倒した。膝を強打した。膝に激痛が走り飼い主を睨んだが、「お気をつけて」と立ち去った。犬だけが小生を咬めなかったことに後悔があるようである。膝に擦過傷である。足の屈伸をして、散歩続行を確認した。
 川底には、緑の藻が乱世しており、川水は伊吹おろしと戦い,しぶきをあげ、散歩道に寄り添う木々は、右や左に揺れている。小生は立位の姿勢を取り直し、西大垣駅に向かった。さびれた、開くことがあるのか不明の商店街がシャッターの合奏を始める。古い町のドーナッツ化現象を肌で感じる。
 すると、すぐそばの後ろから前へ、あっという間にアスリートの人影が消えた。医師会でよく知っているマラソンマンである。次回の42.195㎞のために、猛練習しているのだ。すごいスピードである。小生からすれば100メートル、短距離競走のスピードである。
 さらに、西大垣から、小生の診療所へ東へと、帰宅を急いでいる。途中繁華街を通過せねばならず、酩酊状態の集団とのトラブルには極力神経を研ぎ澄ます。客引きにも注意せねばならず、一銭も持っていないから、うっかり彼女らの命令どうり、怪しげな酒場に入ってしまえば、刺青のお兄さんに取り囲まれ、過剰な飲み代を請求されるのはよくわかっている。小生は小銭しか持っておらず、客引きは、追い払う。
 もうすぐに、我が家である。大垣市のいいところは、いたる所に湧水がある。そこで、水を一杯飲み、汗を流す。すっきりして、小生の診察室の扉を開く。
これが小生の散歩であるが、一時間はかかるが、美しい所と危険な所が紙一重にある。今、汚れた汗臭いスポーツシャツを脱いで、温かいシャワーを浴び、やっとソファーに横になり、眠りに入るところである。散歩も命がけである。


岐阜県大垣市の大橋医院は、高血圧症、糖尿病、や動脈硬化症に全力を尽くします。

投稿者: 大橋医院