「昭和54年」
昭和54年に、私は母校の名古屋市立大学医学部を卒業し、循環器専門医を目指し、
中野佐上医局長の当直室を訪れた。「私、循環器を勉強したいので、第3内科の入局を
認めてください。」微笑んだ中野先生は、藤波教授の部屋へ私を通したのは時間がかからなかった。
「よし、頑張るんだ。どんなつまらない、小さなことも見逃さないつもりで日々昇進すれば、大きなものが
手に入る」
私の入局が決まり酒盛りとなった。長閑な時代である。これで就職は決まりである。
入局したら、藤波教授は鬼となった。毎日が怒鳴り声である。中野先生は慰め係りであった。
3年後輩で、学年主席の大手医師が入局した。将来の教授を夢見て、大学を離れなかった。
よく勉強していた。あれから35年、大手医師は教授になった。今日、同窓会がある。
座長:中野佐上先生
演者:大手信行教授
今日は名古屋の僕へ行かざるを得ない。
今日の私の診療所院長も、この母校のおかげである。さー、当時の国鉄からJR国鉄で名古屋だ!
岐阜県大垣市の大橋医院は、高j血圧症、糖尿病、や動脈硬化症に全力を尽くします。
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