2014.01.26更新

<左橈骨神経麻痺>

大橋信昭

 それは昨年の10月17日のことであった。私は疲れていた。外来を午前と午後、
必要あれば、在宅訪問診察、月曜日は准看護学校の講義(熱意を出せば、反比例して熟睡していく生徒は増加の一途、全員寝たら、私は帰るぞ!)火曜日はグループホームでアルバイト、認知症で、動き回り糞便をまきちらし、中にはパットの尿を大切に抱いて寝ている老人がいる。ここは理屈の通らない世界である。地球人か火星人か怪しいものだ。水曜日は、特別養護老人ホームの嘱託医として出かける。大垣市と神戸町の境である。綺麗な建物で6階建てであり、全員個室、10部屋でワンユニット、それが100部屋満員である。お風呂、リハビリ、喫茶店、食事、おやつも美味しいし、冷暖房完備、私は水曜日の午後を休診にして、100近い人の、往診、診察、処置に午後5時半まで明け暮れる。職員との話し合いや、家族との討論も含まれる。私はこの大変な仕事は、24時間、365日、当直体制になるのであり、大変なのだが楽しいのである。西濃地方を離れてはいけないことになる。木曜日は在宅の訪問診察で、時には救急車を呼ぶから、気が抜けない。
金曜日は介護認定審査会で、介護度を決める大切な仕事で私は委員長である。
 夜は勉強会が多く日曜日を含め、平日の各メーカーの宣伝まがいの勉強会、サークルでやる検討会になると、疲れは日増しに蓄積されるのだ.
 そこで10月17日の午後8時のことであった。疲労も過度になり、私は書斎で、左腕をマクラに5時間熟睡したのである。午前1時に、家内が心配して私を起こすまで、夢の中であった。大勢の美女に囲まれて、愛撫を受けまくっていたのである。ところが、午前1時に家内が現実に引き戻すものだから、家内に「うるさい!」と脅迫したのである。ところが、その時気がついたのは、私の大きな頭の枕にしていた左腕が動かなくなっていたのである。私の左腕をどん底に落としたのは、夢に出ていた絶世の美女ではなく、私の頭であった。
 それからが大変である。左肘から指にかけて麻痺が起きているのである。私のこの頭の命令がいくらおきても、私の左腕はじっとしたままである。困った!多くの仕事を抱えながら、どうしたものか、朝まで呆然として、友達の整形外科医へ出かけたのである。
朝早くから、午前6時に友の診療所についた。待合室のおじいさんが「ここは午前9時からしか回転しないから、喫茶店でも行きなさい」と言われた。とんでもない、私は医師として働けるか、生活がかかっているのだ。
 あっという間に、午前9時は訪れ、私の友達の、尊敬すべき整形外科の先生での登場である。20分後、診察である。「橈骨神経麻痺だな。頚椎から来ているであろう。レントゲン現撮影をしよう。」。私は無抵抗にレントゲン室へ行った。撮影されたフィルムを見ると、第6頚椎の変性と、全般に頚椎の退行変性を読み取った。ゴルフのやりすぎである。下手なスウィングを無限に若い頃、繰り返したものだから、腰椎、頚椎はしっかり変性しているのである。友人の整形外科医は、良性肢位を保つコルセットを私の左腕にはめてくれて「まービタミン12の内服と、低周波によるリハビリだね」「数カ月掛かるだろうね?」「まー、この左手、上がれと念じることだよ。」と冷たく言い放った。それから、地獄のリハビリである。ビタミンB12を内服して、動かない左橈骨神経を低周波を、毎日、毎日、かける。3ヶ月かけても一向に、私の左腕は意のままにならない。正月を迎え、お仏壇、八万神社のお祈祷、お守り、お墓で土下座、「なにとぞ私の左腕を動くようにしてください。医師としてもう少し働からかせてください。」とお祈り続けた。
 正月も開け、診療に入り、私の左手はうまく動かなかった。仕事だけは続行した。ある神経内科の勉強会で、その専門医が全員あなたは脳梗塞だと言った。これが私をさらに憂鬱にした。絶望の中、私の診療所に、大腸癌を疑う患者さんが現れたのである。「先生、絶対検査してください!」と睨みつけた。検査日は明日。「分かりました。」とはいったもののできるであろうか?再び仏壇に土下座し、南無阿弥陀仏を繰り返し、数珠を左手にまき、「あすの注腸成功させてください」と亡き父、母に頼んだ。次の朝は容赦なくやって来た。患者さんも来た。ところが、不思議なことに、ふだんどおり注腸撮影は成功し、早期癌を発見し、中核病院へ送ったのである。患者さんは感謝し中核病院からも紹介の手紙が来た。
 それからである。全く動かなかった私の左手は、血圧を測り始め、注射は出来るし、胃瘻交換、気管支カニューレ交換もできるのである。あの注腸撮影をきっかけに、わたしの左腕は復活したのである。医師として、人のために尽くしたことがきっかけで,私の左腕は元通りである。「オーご先祖様、神様、医学の教祖のヒポクラテス様、ありがとう。たった今から、医師として再出発だ!!」


岐阜県大垣市の大橋院は、高血圧症、糖尿病、や動脈硬化症に全力を尽くします。

投稿者: 大橋医院