2014.01.19更新

<生きていたい>

大橋信昭

 私は、今、分からなくなっている。
それは、90歳を5年も超えた老婆で、肥厚型心筋症と心不全を合併して、あらゆる高度中核病院で、検査や治療の試みはなされており。もう打つ手はなく、当苑(特別養護老人ホーム)へ搬送さ荒れてきた患者さんである。家族とは当苑での看取りを行うことでスムースに一致した。ところが、その老婆は苦悶ようの症状を頻回におこし、私とナースに何か言いたそうでわからなかったのである。ある夜、その声がやっと聞こえた。「先生!もっと生かさせてください!」
私は呆然とした。会話不能、時々、のたうち回るような状態を見せたりしていた。当苑では、ニトロの舌下、鎮痛剤の注射しかなかった。あくまでも看取りであり、自然に死に向かうコースを、老婆以外は選んだのだが、「もっと、生かさせてください」には、突然にうろたえた。しかし、自然の法則は厳しく、昨年の大晦日の11時40分に昇天した。そのご遺体の顔は、いつものように穏やかでなく、何か、私に一言言い足りない顔であった。
 私は、自信をなくした。今まで百枚を超える"尊厳死"と名をつけて、大勢の人を昇天させた。皆さん、佛のような顔であり、この世のあらゆる苦痛から解放されて、天国では幸せに暮らしていると信じている。これまでの人も「もっと生きたかったのよ」なのであろうか。
 しかし、高齢で百を超え、穏やかな顔をして、眠るように天国へ行った人もいっぱいあるはずだ。昇天、尊厳死が認められなければ、介護施設など存在せずに、全員、終末は集中治療室で救命せねばいけない。そこで、運悪く助かった人は、また覚醒され、胃瘻、中心静脈、医療スタッフによる厳重な管理がなされねばいけない。それは明らかに間違っている。
 最近、いくら説明しても、看取りを理解してくれない家族が増えた。まず小卓偉が説明する。「現代医療はすべて施した。高齢である。死は全ての人がいつかは受け入れねばいけない。もう、飲食も、お薬も飲めないし、穏やかにあなたのお母さんは、眠っている。どうでしょうか?ここは私たち当苑のスタッフに任せて、天国へゆっくりと歩ませたらどうです。」ナースも、私の足らない説明を補充してくれる。その場所では、納得しても、いざ終末期の時にお母さんが苦悶の顔をしたら、家族は気持ちが揺らぐ。見たこともない遠い親戚が現れ、大声で、「なんだ!点滴はしてないし、モニターもないし、君たちはこの叔母さんの死を、どこで確認するのだ!抗生物質や強心剤はなぜ注射していない!」
これでは看取りは全く成立しない。訴訟が怖いから、仕方がなく拝み倒して中核病院へ搬送する。救急隊員にもすまないという。結局中核病院へ搬送したところで、あらゆる高度治療しても、当苑なら20分で昇天できたのに、病院では結局2時間後に死亡診断書が書かれたのである。
 TVドラマで医療番組が多く放送されている。あれはICUであることを、一般の人は理解しているであろうか。
 全員が永遠の命を望み、高度医療を最後まで望むなら、在宅尊厳死はどこへ行くのか?私は開業して26年になるが何例も在宅尊厳死をやってきた。介護保険が始まる前から、患者宅へ毎日、通い死と取り組んでいた。全員、重傷で家族と付添、昇天の時間まで、死の悲しみを分け合ったものである。お通夜に行き、お棺の中のご遺体は仏様のような顔をしている。家族には、何年経っても、どこでお逢いしても感謝される。
 永遠の課題であるが、天国へ限りなく接近した人たちを、苦痛を全力で緩和し、自分の人生が幸福なものであったといえるように、医師と看護師介護士と、ご家族と天国へ登っていくご様子を、在宅医療のも、施設の方も、そう思えるようにしたい。天国には何の苦しみもない。


岐阜県大垣市の大橋医院は、高血圧症、糖尿病、や動脈硬化症に全力を尽くします。

投稿者: 大橋医院